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私が居たのは、物置のような場所だったのかもしれない。

扉は重々しい見た目に反して、押すとゆっくり開いていった。ギリリ、と低い音を響かせながら出来上がった隙間から部屋の外へ。ぱらぱらと何か、鉄くずのようなものが落ちていくのが視界に入ったけれど特に気にならなかった。他の物に目を奪われたからだ。

――そこは、美しいステンドグラスに囲まれた教会の内部のようだった。女神像が悠々と私の姿を見下ろしている。…人はいない。気配もない。窓から流れ込んでくる光は夕暮れを告げて、優しい赤色で部屋を満たしていた。こつこつ、と響く私の足音は寂しく響く。椅子は相当な数だった。オルガンは埃を被って、密かに部屋の隅に置いてあった。なのに花瓶に活けられた花はみずみずしく、鮮やかな水色で存在を主張している。

女神像は至って普通の銅像に見えた。祭壇には特に何もない。9の世界にはこんな場所は無かったはずだけど、と頭の中に自分の声が響いた。口から出さなかったのは、この広い空間に声が響くのが怖かったからだ。

いや、私が知らないだけ?もしくは知っている場所かもしれない。教会なんて世界各地の色んな場所にあるだろう。それが知りたいなら、外に出てみればいいだけだ。なるべく音を響かせないように祭壇を降りて、正面の出入り口であろう大きな扉へ向かう。

私が入ってきた時のものとは違う、木製の大きな扉だった。大きさがほとんど一緒…いや、さっきのものより小さいかもしれない。至って普通の入口だ。私が入ってきた時のあの扉はなんだったんだろうと考えながら手を伸ばした。


―――……優しい、夕焼けの色が扉の隙間から溢れ出してくる。


**


「それじゃ、収穫があったら適当に切り上げて戻って来なさいよね」
「何度も言わなくたっていいだろ」


ゼシカはどこか不安そうな目で僕とククールを見つめていた。ククールは適当にあしらっているけれど、やはり単体行動は不安が残る。ククールは聖堂騎士らしいし、いざとなれば僕がククールを守らなきゃ。「…敵に襲われても無理をしちゃ駄目よ」「うん、分かってる」ミレーユの言葉に頷くと、ミレーユは向こうで待っているからと優しく微笑んで僕の頭に手を乗せた。


「大丈夫。アルス、あなたのアイディアは素晴らしかったわ。きっとナマエは目を覚ますわよ」
「…そうだといいなあ」
「見る限りただ眠っているだけだし、疲れ果てて普段より少し多く眠ってるだけかも」
「……うん、そうだね」
「悲観しちゃいけないわ。あなただって勇者でしょう」


ミレーユの透き通るような声で紡がれた言葉が、すとんと胸に落ちてくる。そうだ、僕も勇者なんだ。勇者は希望を捨ててはいけない。諦めてはいけない。諦めていたら確かに救えなかった世界が存在しているのだ。

馬車に運び込まれていくナマエの表情は死人みたいに真っ白だった。アルス、とククールが僕を呼ぶのが聞こえる。でもだって、考えてしまうのだ。僕がもっときちんと判断をして動いていたら。僕がもっとナマエに負荷をかけないように動けていたら。…僕がもっと早く、アルテマソードを繰り出してあいつを倒していたら?ナマエは倒れなかったかもしれない。

アルテマソードは修行の末に、戦いの末に手に入れた言わば秘技だ。必殺技、と言ってもいい。ナマエの動きから読めるレベルで、あの技を習得するのは不可能に近い。…つまり、一定のレベルに達していないとアルテマソードは使えないはずなのだ。それなのにナマエはアルテマソードを使った。上がっていないレベルの体で、分不相応な技を使った反動を受けた可能性は確かにあった。――僕が悪いわけじゃないのは知ってる、けど。


「ククール、……僕、悔しいよ」
「………」
「強くなった、って思ってたんだよ」
「……」
「でも、友達を守れなかった」
「………それなら、俺だって」
「あの時ナマエが使ったあの技、僕が使っていたら…」
「やめろアルス。言ったって仕方がない」
「…うん」


心の奥底で分かってはいるのだ。自分のものより、威力の大きいと認めざるを得ない技を目の前で見てしまったのが悔しいのだと。それでも、嫌な未来を考えてしまうから後悔と綯交ぜになって感情が揺れる。……――早く、ナマエの目が覚めますように。



はやくおきてよ


(2014/08/30)