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「………っ、ここどこ!?」


跳ね起きると、そこは見知らぬ場所だった。

体中が悲鳴を上げているかのような痛み。ずしりと重い体。咄嗟に周囲を見渡すが誰もいないし物音も聞こえない。目の前には巨大な鉄製の扉があって、私は窓のない部屋に閉じ込められているようだった。頭のなかがぼんやりとしている。武器もなにもない丸腰状態で、視界はなぜか赤色がかかっている。

一瞬夕焼けに照らされているのかと思ったが、この部屋に窓はない。「……なんだろう、これ」目をごしごしと擦ってみても、視界の赤色は消えなかった。決して嫌な赤色というのではなく、優しい赤色なのだがどうにも落ち着かない。部屋の中に私だけというのも不安を煽ってくる。窓もなにもない、狭い小部屋だった。目の前の扉だけが酷く巨大だ。

夢だということを期待して頬をつねる。ひりりとした痛みが走ったことにより、期待はさっくりと打ち砕かれた。みんなはどこ?私だけもしかして、敵に捕まったりしたんだろうか。…もしそれが当たりなら、私ただの足手纏いじゃない!


「帰らなきゃ」


家に、帰るために戦わなきゃいけない。重たい体をなんとか持ち上げて、ドアの方へと歩を進める。伸ばした腕が、ひんやりとした鉄の扉に触れた。


**


「ナマエが起きない?」
「目を覚まさないんだ、もう二日目なのに…」


不安で思わず俯くと、ククールは眉間に皺を寄せた。「…怪我は」「まったく問題ないのよ。回復魔法で全快しているし、体調が悪いわけでもない」テリーの問いかけに、ゼシカが困ったように返答した。「……じゃあ、どうして目を覚まさないんだろうか」リュカさんは考え込むように顎に手を添える。周囲に、穏やかではない雰囲気が漂っていた。

―――あの、黒竜丸を倒した後。

倒れてしまったナマエを、リュカさんが疲れて動けない僕らに代わってこのベクセリアまで運んでくれた。リュカさんはレックスのお父さんで、魔物の気持ちが分かるのだとか。目覚めた時、丁度近くにいたのだというバトルレックスのドランゴのを連れてベクセリアから発った直後に、僕らが戦いを始めたのだとか。ちなみにバトルレックスはテリーやミレーユの仲間だそうだが、ミレーユ曰く『この子はテリーのことが大好きなのよ』らしい。テリーは口では否定したけど、ドランゴが再会を喜ぶ様子に気を悪くしている様子はなかった。(どことなくリュカさんとテリーは雰囲気が似ているように感じたけれど、二人共魔物に好かれ易い体質だからなのかもしれない)

再会を喜ぶといえば、レックスだ。父親との再会を果たしたレックスはどこかほっとしたような表情でずっとリュカさんを見上げている。スラおとドラきちも似たようなもので、リュカさんはとても優しい目でそれを見下ろしていた。どことなく、あの海辺の村と家族と、――仲間たちが恋しくなってしまったのが苦しい。マリベルは、ガボは、アイラは、メルビンは……今頃、どこで何をしているんだろう。


「ねえ、みんな」
「…どうしたの、アルス」
「セントシュタインに一旦、戻った方がいいんじゃないかな」


ゼシカが顔を上げて僕を見つめた。「どうして?」「ソロ達を置いてきちゃったし、サンディ達もセントシュタインに戻ってくるだろうから。それに、…」続けようとしたけれど、思わず口をつぐんでしまう。この街が嫌いだというわけじゃない。都合の話、だ。


「それに、何だ?」
「…もしもナマエがこれから高熱を出したりしたら、この街よりもセントシュタインの方が都合がいいと思うんだ」


ベクセリアは、見た限りでは街から少し離れた場所にある田舎町というイメージだった。確かに医者はいるだろうし、それなりの薬草は手に入るだろう。でも、やはり物資の流通が盛んなセントシュタインには劣ると思うのだ。何かを手に入れるにしろ、情報を集めるにしろ、大きな街の方が都合がいいことは間違いない。それに医者だって大きな街の方が優秀な医者を抱えている場合が多い。

ベクセリアを非難したいわけではなく、今この状況で最善を尽くすならこうした方がいいと思ったのだ。ベクセリアは独特の雰囲気があっていい町だと思う。町の中央にあるお屋敷も、住んでいる人も、今こうして集まっている宿屋もいいところだ。

でも情報を集めるのは、と渋った様子を見せたククールに頷いてみせた。「ここで情報を集めるのは僕に任せてよ」ぐるりとみんなを見渡して、それから笑うと全員が肩の力を抜いたように笑った。…ククールだけが真顔なのが気になるけれど。


「じゃあアルス、お願いしても良いかしら」
「任せて、ミレーユ。何も収穫がなかったら申し訳ないけど…」
「いいのよ、そんなこと。…で、ククールは不満そうね?」


困ったように笑うミレーユが振り返った先にいたククールは、面倒臭いと言わんばかりに肩をすくめて僕を見ていた。「アルス、」「な、なに?僕は身長が低いだけで、別に心配されるような歳じゃ――」「俺も残る。二人の方が効率がいいだろ」



眠る勇者


(2014/08/10)

随分久しぶりになってしまいました…とても悔やまれる