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(※注意)


冷静に周囲を見渡して、剣を握り締めた。――あの不思議な力は沸いてこない。

戦況を把握したゼシカの魔法の援護と、レックスとアルスの連続攻撃。黒龍丸の攻撃を紙一重で交わすその姿に戦歴の差をまじまじと感じた。ステータスが良いだけでは勝つことはできない。

私を置いてテリーが走り出し、戦闘の輪に加わっていく。「あ、」一瞬でポジションを確保してしまったテリーは、まるで最初からそこに居たかのように剣をふるって応戦していた。黒竜丸の苛立ったような嘶きが空に響いて、同時にテリーが振りかざした剣から光が飛び出して空を貫いた。直後、黒竜丸に雷が降り注ぐ。音と威力はかなりのもので、一瞬だけ敵の動きが止まった。しかし三人が同時に飛びかかるものの、一瞬で感覚を取り戻した黒竜丸は即座にそれを振り払う。その額では、私が突き刺したサウザンドダガーが煌めいている。


「……どうだ?」
「うん、……今少しだけ考えてる」


ククールが戦いの場から目を逸らさずに、私に問う。

そう、例えば。私は実際に戦う側じゃないとしたら。私が今ここで、キャラクターに指示を出す"操作側"だとしたら?黒竜丸の弱点は、光属性だ。私がここでフォースを扱うことが出来れば、みんなの攻撃力は飛躍的に上がることだろう。それからテリーのライデインとゼシカのメラゾーマ。それにあいつは怯んでて…額には剣が突き刺さっている。あのガダーに的確にライデインかメラゾーマを直撃させたら、もう少し長い時間黒竜丸は動かなくなったりしないだろうか。

レイピアと睨み合いながら、必死で記憶を絞り出す。フォースや呪文を使わない場合、光属性の攻撃は……「ギガスラッシュにギガブレイク、グランドネビュラ…か」無理だ。絶対に無理だ。剣に直接ライデインが落ちてきたとしても、それは多分腕を伝って私がダメージを受けるだけだ。それを維持出来るだけの魔法力が、私には


「……あ!」
「何か良い方法でもあるのか」
「ククール、私って戦いの経験は薄いけど、実際パラメータは高いはずなの」
「は?パラメータ…?」
「体力はある。生半可なことじゃ死なない…多分、生き残れる」
「ぶつぶつ何言って……レックス!」
「っ、!」


――目を離した一瞬で、レックスの体が宙を舞った。

素早くテリーに抱きとめられたレックスを庇うようにアルスが剣を構える。少し苦い顔をしたゼシカがメラゾーマを放って黒竜丸の視界をくらました。走り出したククールに続いてレックスの傍に駆け寄ると、随分苦しそうな顔をしていた。ククールが即座にベホマを唱える。……レックスみたいな小さい子に戦わせて、私はぼうっとしていたわけじゃない。


「ゼシカ、テリー」


名前を呼ぶと二人が揃って、目線だけをこちらに向けた。私の視界にも映っている。アルスがじりじりと追い詰められているのだ。黒竜丸を睨むゼシカは指輪についている宝石を撫でていた。そろそろ限界、と呟いたのを聞いて頷く。勇者なら勇者らしく、私が。


「――私がやるから、援護して欲しいの」


**


「アルス」


もう怪我はいいの、と聞けば良かっただろうか。後ろから聞こえた声はどこか安心の出来る声で、追い詰められる緊張感を少しだけ和らげてくれる。後ろに下がって、と囁くように言ったナマエの目は据わっていた。真っ直ぐ、黒龍丸だけを見つめている目。

でもナマエはまだ、と抵抗をしたのだ。気が付けば僕はククールのところにいて、いくつかのケガをホイミで回復して貰っていた。「ねえククール」隣で苦しそうにするレックスにつきっきりのククールに問う。ナマエは何をするつもりなの、と聞くとククールは少しだけ眉を潜めた。「…俺には、黙って見てろとしか」

ざわざわと揺れる不安が思わず、足を動かして立たせていた。ナマエはどうしたって、僕らに少し距離を置いている気がする。何でも一人で解決しようとまずは考えている気がする。なんとなく、意地っ張りのにおいがするのだ。一応は僕らを頼っていると思うけど……『おい、』頭の中にきいん、と響いた声にはっと顔を上げた。『黒竜丸の後ろに回りこめ。――剣構えてろ』いざとなったら飛び込むぞ、と頭に直接声を送り込んできたのは背中しか見えない、テリーのようだった。

言われた通りに剣を構えて、そっと動いた後に状況を見渡す。黒竜丸と対峙するナマエの後ろでゼシカが呪文の詠唱をしていて、テリーが剣を構えていた。――ナマエが構えていたレイピアをゆっくりと掲げて――……


―――地面に、放った。


地面を転がったレイピアに思わず目が行った瞬間、黒龍丸の体が燃え上がった。ゼシカがメラゾーマを放ったのだと認識した直後。ナマエが走り出して動きの止まった黒竜丸に飛びかかる。テリー、とナマエが叫ぶと黒い空に雷鳴が轟いた。直後、ナマエと黒竜丸に命中したライデインに怒りとも苦しみとも分からない嘶きが響く。次に視界を埋め尽くしたのは、宙に舞い上がった藍色の鮮血。

こめかみを的確に抉ったナイフは、ナマエが一番最初に装備していたものだとすぐに分かった。薄緑色の綺麗な魔法の短剣は濃い藍色の血を周囲に撒き散らし、震えるナマエの指先からこぼれ落ちる。絶叫とも言える嘶きに、よろめいた黒龍丸が僕の方、つまり後ろに歩を進める。とどめを差すタイミングを見計らっていると、ナマエが追撃すべく最初に放り投げたレイピアを拾ったのが見えた。

黒竜丸の視界にも、それは入ったのだろう。目を真っ赤に染め上げた魔物が怒り狂ったような鳴き声を上げてナマエを見据えると、大きく足を振り上げた。ナマエ、と大声で叫んだ気がする。

ゆっくりと、ゆっくりと。まるでスローモーションのような動きが視界に映っていた。ナマエ、と僕はもう一度叫んで必死で祈る。剣が、腕が、足が、彼女を死なせてはならないと訴える誰かの声に必死に応えようと動いていた。死に物狂いで振るったオチェアーノの剣が、黒竜丸の後ろ足の肉を抉った。


「ナマエ!」
「っ、うん…!今なら、できる!」


呻く黒竜丸の目の前で、ナマエの体が淡い光に包まれていく。あれ?ナマエって、こんなに強そうだったっけ…?淡い光は眩しい光に、どんどん強くなっていく。思わず腕で顔を覆うと、ナマエが大きく剣を振り上げて地面を蹴った。

振り下ろされた剣と同時にエネルギーが放出されて、びりびりと衝撃が伝わってくる。繰り出されたのは、アルテマソードだった。僕の目が確かであれば、確かにそれは違いなかった。

すごい、と呟く余裕が出てきた頃には、黒竜丸は薄青色の光の粒子と化して消えていた。後に残されたのは徐々に色の戻り始めた草原と、雲の切れ間から太陽を覗かせた空と、肩で息をしていて―――ぱたりと、草の中に倒れ込んだナマエと呆然としたままの僕ら。誰も動かなかったし、動けなかった。何が起こったのか、状況がよく把握できない。

がさり、と草を踏みしめる音がした。どすん、と大きな音が響く。僕の後ろから、その音は響いた。ようやくナマエから目を逸らして、ゆっくりと背後を振り向いた僕の視界に映ったのは、紫色の布を纏った……バトルレックスを連れた男の人だった。男の人はナマエを見つめて、それからククールの隣にいるレックスを見つめていた。呆然と目の前を見守っていた、レックスがゆっくりと顔を上げて大きく目を見開く。


「……おとー、さん?」



囁くような問いかけが響く


(2014/06/11)

馬の急所はこめかみだそうです。うろ覚え知識だったんですが検索してきたら合ってたみたいなので恥ずかしい思いをせずに済みました…事前調査大事…