55


例え一般人以下の動きしか出来ないとしても、装備が良ければ大分動けるもので。

本日の武器としてサウザンドダガーを選んだ私の選択は間違っていなかったようだった。最強武器の一角である(錬金はしていない、宝箱から取ったそのままの状態だけど)魔法の短剣はメンバーの中で、誰よりも素早く私を動かした。腕に通したままだった星降る腕輪の効果も相まって黒竜丸の攻撃を、視界の隅に捉えた時にはすぐに距離を置くことが出来る。

――ただ、問題がひとつ。


「ナマエ、後ろ!」
「………っ、う」


声と共に放たれた魔法が、私の体を捉えて包んだ。一層足が軽くなったような気分になるこれはピオリムだろうか。振り返って誰がかけてくれたのか確認する余裕すら今の私にはない。そう、自分のことで精一杯で、他のみんなと連携が取れないのだ。だというのに黒竜丸は"何故か"私に怒りを抱いていて、集中的に攻撃を繰り出してくる。ブレスを放ったり踏みつぶそうとしたり、そしてその動きは休む暇を与えない。

一瞬、攻撃の手が休まったかと思えば黒竜丸は空へと駆けていく。そうなってしまえば向こうのもので、黒竜丸の体から放たれた月の波動を浴びるように私達は受けていた。さっきからもう、これ以上は攻撃力も下がらないだろうというぐらいに。そして黒竜丸は地面に降りてきたタイミングで同時に、全範囲に闇の波動を放つのである。嫌らしいにも程があるだろうと大声で主張してやりたい。


「くそ、おいナマエ!せめてこっちに寄せろ!」
「無茶言わないで、ってば…!何で私ばっか、り!?」
「逃げてばかりじゃダメだ、ナマエ!攻撃しないと!」


怒ったようなテリーの声と必死なアルスの声が聞こえてくるけど、声はやはり遠い。そしてどうしても…攻撃に転じることが出来ない。この世界に来て多分、体の持ち主のおかげで相当な体力と持久力…普通の人が受ければ死んでしまうような攻撃(この間のローズバトラーのような攻撃)を受けても生きていられる力を得たはずなのに。全身が警鐘を鳴らしているのだ。この黒竜丸は明らかに"やばい"。普通の魔物と、ボスではやはり格が違うということだろうか。

せめて技の出し方さえ分かれば…!この間みたいに不思議な力が湧き上がってくるようにも感じない。不確かなものに頼ってはいけないと分かってはいつつも、私は誰かに必死で祈る。髪の毛をかすった闇のブレスが、ちりちりと黒い炎で髪を焦がした。タンパク質の焦げるにおい。


「……っ!」


――死ぬ、かも

振り向いた瞬間、一瞬だけ頭を過ぎったのは確実な死の予感で。

死に際に防衛本能が働いたのかもしれない。目の前に迫っていた黒竜丸の、額に私はダガーを突き刺していた。突き刺した感覚はあったような、なかったような……

しかし現実として、私が握っていたダガーは黒龍丸の額に突き刺さっている。鋭い切れ味の魔法の短剣は、動きをぴたりと止めた黒竜丸と私のあいだに小さな黒い噴水を作った。まるで水みたいに吹き出した、黒い、黒い――…真っ黒ななにかは、私の手の甲を伝うと汗に混じって濃い緑色のかかった青色を覗かせた。…ねえ、なんだろう、これ。魔族の血は確か、青いんじゃなかったっけ?こんなに気持ちの悪い、


「ひ、っ……あ゛!?」


―――鋭い衝撃と、痛みと、浮遊感。

叩きつけられた体が地面に跳ねた。スローモーションのように目の前に迫った黒龍丸の蹄が、脳裏にちりちりと焼き付いていく。痛い、痛い!鈍いような鋭いような、恐ろしい痛みはローズバトラーから受けた攻撃の比じゃない。嫌な音が体中から響いた。まさか、と思う前に体をひとつも動かせない。「――!」……あれ、目の前がぼやける。緑色が揺れてるから、あれはアルスかな?何を言ってるのか分からない、けど




「"メラゾーマ"!」


――凛とした声が響いた次には、体が誰かに抱き上げられた。

ぼんやりとした視界に映る、焔の球体が連続で黒竜丸を襲っている。「アルス、引きつけて!レックスは援護!」遠くなりつつある耳にもはっきりと聞こえるのはゼシカの声。そっと見上げるとふたつの銀色が揺らいだ。ひとつは青で、顔が上手く見えない。ひとつは赤色で、私を覗き込んだ。「…おい、生きてるか?」「……うん」声を絞り出すと体中が優しい暖かさに包まれる。覚えのある優しい感覚だった。視界がはっきりとして、痛みがゆっくりと引いていく。


「これ、ベホマ?」
「ああ…でも傷と体力、両方回復させるから多少時間がかかるぞ」
「ちょっと死ぬかと思っちゃった……ありがとう、ククール」
「礼ならそっちにも言ってやれ」


ククールに示される通りに青色の、テリーの方を見上げた。まさかとは思うが、あの瞬間に助けに入ってくれたんだろう。「死ぬとこだった。ありがとう、テリー」……心臓がばくばくと五月蝿くて、一瞬本当に死ぬかと思った。恐怖がこみ上げて喉が詰まりそうだ。

はあ、と一つ溜め息を吐いたテリーがゆっくりと私を地面に下ろす。「あのな、――」一旦言葉を区切ったテリーが、眉根を潜めて私を見下ろした。何か言いたげなのが明らかだ。何を言われるんだろう。引っ込んでろ、とか?邪魔だとか?


「焦るな」
「………っ」
「落ち着け。落ち着いて周囲を良く見て動け。常に冷静に状況を判断しろ」


勇者ってのはそういうモンだ、とテリーが私の腕を引っ張り上げて立たせた。痛みは随分和らいでいて、頬を一筋血が流れているぐらいだった。ククールが私のふくろを差し出してくる。それを受け取ったのは私ではなくテリーで、彼は迷わず私のふくろから一本の剣を取り出した。華奢で美しい細身のそれは、魔剣士のレイピア。


「戦えるな」


差し出されたそれを受け取った時、私は確かに別のものも受け取っていた。ふつふつと湧き上がる、"あの"不思議な力でもなんでもない。心の奥底から湧き上がる、恐怖と混じってその色を塗りつぶしていくこれはなんだろう。暖かい。熱い。

要するに攻撃を受けなければいい。受けたとしても一度なら耐えられる。結論を付けて、私はレイピアを握り締めた。船の上で教えてもらった。遺跡の中で戦った。真夜中の草原で戦った。大丈夫よ、ナマエ。何度だって私は私に言い聞かせてあげる。大丈夫。私は、私のために戦える。



エゴイストの戦い

(2014/05/30)