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「レックス!」


バラモスの地図を握り締め、宿屋に飛び帰ってきた私をなによ騒々しい、とレナさんがじろりと睨みつけた。「レナさん!レックスは!?」「レックスくん?…どこに行ったかしら」確かリッカ達の手伝いをするとか言ってたけど、と言葉を切ったところでレナさんの背後からスラおとドラきちを肩に乗せたレックスが厨房からひょっこりと顔を出す。


「ナマエ、おかえり。今僕を呼んだ?」
「グランバニアの国王が見つかったかもしれない!」
「…お父さんが?」


**


レックスを連れて宿屋を飛び出すと、既に準備を終えていたテリーとククールとゼシカ、馬車の馬を撫でていたアルスが街の入口で待っていた。どうやらアルスが馬車を操れるようで貸し馬車屋から馬車を借りてきてくれたらしい。まずテリーとククールが馬車に乗り込み、次いでレックスとゼシカが乗り込んだ。私はスペースが足りないので、馬車の屋根に腰掛けることにする。アルスに方角の指示もし易い。

関所を越え、ベクセリア領に入った頃には空が雨でも振りそうなぐらいに薄暗くなっていた。レックスによると宿屋に残っていたメンバー達は丁度、各々武器の手入れでもしようかとしていたところをリッカとルイーダに捕まって宿屋の手伝いを頼まれたのだという。。厨房にはあの時、レックスの他にミネアとミレーユがいたらしい。ソロとアレンは酔っ払いのあらくれを対処しに駆り出されたとかなんとか。


「…しかし、嫌な天気だな」


ぽつりと呟いたテリーの言葉には同意せざるを得ない。――なんだか、嫌な予感のする空だ。ざわざわと木々の葉が擦れる音が気になって気になって仕方がない。

まるで今にも魔物が出てきそうな雰囲気の空を見上げると、つんとした雨のにおいが鼻をかすめた。目の前にはもうベクセリアの街の入口が見えている。…やがてゆっくりと馬車が止まり、アルスの声と共にゼシカとククールが両側の扉を開けた。「ナマエ、こっち」「わ、ありがとうアルス」差し出されたアルスの手を取って、屋根から御者台を伝って地面に降りる。なんだか少し気恥ずかしいのが、心を紛らわせてくれる気がした。






――――……ほっと息を吐いた、直後。




「―――……」




"何か"の咆哮が確かに聞こえて、私達は動きをぴたりと止めた。「…今、のは」声を震わせたのはゼシカで、その目は街の――上空を見据えている。嫌な予感が確信に変わった瞬間だった。周囲を見渡すと全員が空を見上げていた。おそるおそる、私も空を見上げる。

"何か"が空を飛んでいた。それはとても美しい姿をしていて、きらきらと薄暗い空に軌跡を残して飛んでいた。黒い毛並みがまるで流星のようで思わず息を呑む。想像よりも大きな姿をしたそれは、…見慣れた魔物だったのだ。まだ冒険歴の浅い時期でも倒すことが可能な――宝の地図のボス。ベクセリアで一番大きなあのお屋敷の上で、動きを止めている。


「……黒龍丸」
「ナマエ、知っているのか」
「うん。でも……どうして外に?宝の地図の洞窟の奥にいるはずじゃ、」
「あの馬みたいなの、強いの?」
「そんなに強くはないはずだけど…」


テリーがへえ、と呟いてから剣に手をかけた。不安そうなレックスの隣で、スラおとドラきちがレックスに身を寄せていた。宝の地図が今回の事柄にどう関わってきているというのだろう。少なくとも、強い魔物が地上に出てきてしまったということに変わりはないわけで……あああもう!封印されていたんじゃなかったんだっけ!?

頭の回らない私を余所に、ゼシカが鞭を手にふんと鼻を鳴らす。「じゃあ、さっさと倒しましょう」「ま、待ってゼシカ!」何をするか分からないわ、と勇ましく街に踏み入ろうとするゼシカの服の裾を思わず掴んで止めた。嫌な確信が頭の中で、ずっと警報を鳴らしている。


「どうしたの、ナマエ。このままだと被害が出るかもしれないわよ」
「――何か、悪いものが来てる気がするの」
「悪いもの?なによそれ。アレじゃなくて?」


指差された黒龍丸を見上げた。ぱちん、と目線が合った気がする。悪いものの予感は単に黒龍丸が友好的ではないということで――「っ、!」瞬間、さあっと足元の地面が黒く染まった。水面に雫が落ちた時の波紋のように、草原が黒一色に染まった。……ぽつぽつと頭上から液体のようなものが降ってくる。ぽつん、と服にシミをつくったそれの色は深い、深い黒い色。


「……雨じゃない!」


叫んだ瞬間、黒龍丸が天に向かって嘶いた。雷が走り、風が吹き荒れる。ゆっくりと、ゆっくりと距離を詰めてくる黒龍丸の目の色が、やけに赤くなっていた。ぽつぽつと頭上から降り注ぎはじめたのは黒を薄めたような灰色の雨。

目を血走らせた黒龍丸が、私達をじろりと見渡す。――喋らない。が、威圧感と恐ろしいまでの殺気はブルドーガやローズバトラーの比ではない。


「戦る気だ」


テリーが私の一歩前に出た。ゼシカとククールが背後に下がる。スラおとドラきちが馬車の方へと退避し、レックスとアルスは剣を抜いて前へ。私も背中に隠していた短剣を抜いた。

「ナマエ、いけるの?」レックスが不安げに私を見上げる。小さく首を上下に動かしてゆっくりと口元を緩ませた。戦いを経験しなければレベルアップは出来ないのだ。「私ね、レックスやアルスと同じ。みんなを引っ張る勇者になるって決めたの」



"にげる"を選ばない

(2014/05/16)