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――ここは絵本の向こう側。


「…どういう意味だ」
「ククール達は同じシリーズの絵本から絵本へ、一時的に移動している。私はその絵本を手に取って読むことが出来る世界にいたの」


全ての勇者の物語を、私が知ることが出来ていた理由。

気合を入れ直して、着替え終わった私は階段を降りている途中にククールに捕まった。以前『全員のことを知ることができる世界にいた』という言葉のことを問われたのだ。何も起きていない現状、魔物の異変を目で見ていない自身、異世界での宿屋生活、未だ遭遇出来ない仲間……それらの現状がきっとククールに不安を与えていたのだろう。自分の心に決意をしっかりと固めた今は分かるけれど、つい数時間前まで私の心にはそれこそいろんなものが渦巻いていたのだから。この世界にゲーム機は存在しないから本で例えてみたわけだけど…我ながら上手く表現出来たなと思う。「私のもといた場所は魔物なんていない、魔法もなにもない世界だったんだよ」

軸からして根本的に違う世界から来たということをもう一度噛み砕いて説明をすると、ククールがしばらくしてぽつりと悪かった、と呟いた。「…この街の情報屋に会った。エイト達の情報を伝えてきたんだが…」「不安になったんだ?」「……」無言になるククールはきっと、私と同じような不安を感じていたんだろう。何かを変えなきゃ、動かさなきゃいけない。きっとお城で何かが変わる。


「ククール、大丈夫。私も不安でいっぱいだし、さっきまで頭がおかしくなりそうだった」
「……」
「でもね、今からお城に行けばきっと何かが変わる気がする。サンディ達が戻ってきたら、方舟から世界を探すこともできる。大丈夫、みんなこの世界にいる」
「……今度こそ、本当に信じていいんだな」
「信じるとか、大事なことは…決心がつかないうちに決めなくていいよ。ただ、一緒にきてくれたらすごく心強くて、だから」
「もういい」


本当に悪かったよ、と繰り返したククールの口元は緩んでいた。「今から城に行くんだろ」「…うん。アルスと、それからテリーが一緒に行ってくれる」頷くと、ククールがとても優しい目をして私を見下ろしていた。「俺とゼシカも一緒に同行しよう」


**


ククールと階段を降りると、テリーとアルスが私を待っていてくれた。ククールがゼシカを探しに酒場の奥へ消えてしまったのと入れ替わりにミレーユがやってきて、テリーと私を交互に見てからテリーにナマエと仲良くなれたのね、なんて優しく微笑むもんだからテリーの顔だけでなく私の顔まで気が付けば赤くなっていた。でも、テリーがあの時私の部屋に来てくれなかったら私はこんな気持ちで辺りを見渡せていなかっただろう。ミレーユがテリーを諭してくれなかったら、私はいつか尻尾を巻いて逃げていたに違いない。同じ境遇を体験したと言ってくれるだけで、こんなに心が軽くなるなんて誰が想像しただろうか。

ククールが不思議そうな顔をしたゼシカを連れてきたところで、お城に向かうメンバーが決まった。持ち物と、いざという時(例えばあの瓶底眼鏡が、水晶を持ち逃げしようとした時)のための装備を確認する。今回の私の装備は素早さ重視でサウザンドダガーと武闘家の証だ。ついでに教会でお祈りも済ませておいた。

――そして現在、目の前に瓶底眼鏡の情報屋の前に立っているのだけど。


「おお…!これがあの、時の水晶…!」
「あのー、」
「いやはや、書物でしか御目にかかれない…無限の時を経て結晶した鉱物…」
「あの、」
「黒騎士を倒した勇者様は本当に恐ろしい方だ…これは間違いなく本物!偽物を掴まされた日には恥をかかせてやろうと思っておりましたが、本物!素晴らしい!ああ!」
「いいから早く情報をちょうだい!」
「いっう!?」


恍惚とした表情で水晶を撫で回す、瓶底眼鏡ことお城の情報屋はしびれを切らしたゼシカに目の前で手を叩かれたおかげでようやく我に返ったようだった。声を出し渋っていた私としてはゼシカに救われたのでありがたい。とにかく先程からこの調子で、話が進まないのである。さらりと恐ろしいことを口にしたあたり、何度か偽物を掴まされたことがあるのだろうか。まあ…良かったねとしか言えない。あと五万は大きい。請求してやりたい。

眼鏡を押し上げてこほん、と瓶底眼鏡の情報屋は咳払いをした。「こんなに短い時間で持ってきて頂けるとは思っていませんでしたよ。…改めまして。セントシュタイン王宮直属、諜報管理のウェズと申します。諜報管理とは別に魔物の研究もしているんですよ」――ここで判明。情報屋ではなく諜報管理の仕事をしていたらしい。(ついでに魔物の研究だなんて!)イヤミったらしい口調はそのままに、眼鏡で見えない目元は伺えないが口元だけは最高の笑顔だ。ちなみに握手を求められたのはゼシカで、触らないでと振り払われていた。そして何故彼は嬉しそうに悶えているのだろう。…いや、考えたくないから考えない。


「で、どんな情報がお望みでしたっけ」
「各地に普段とは違う、明らかに異常な魔物が出現していないか」
「……ほう」
「それからどこにでもいい。珍しい格好をした強そうな戦士。危険人物でもなんでもいいから、とにかく強そうな戦士が各地にいきなり現れていないか」
「それはやけに難しい注文ですねえ。噂話でも、よその国ならば伝わってくるのは随分先になりますよ」
「…じゃあ、魔物だけで」
「魔物だけで良いのですか?――魔王ではなく」
「魔王!?」


目を見開いて詰め寄った、私の反応に酷く満足そうに頷いたウェズは懐から一枚の薄汚れた紙を取り出した。どうやらそれは地図のようで、――私はそれに見覚えがあった。場所も、何度も通っていた。……間違いない、一致している。


「それ、バラモスの地図でしょう」
「…おや、どうして知っているのですか」
「だって同じもの、私持って――――……」


―――大量に残されていたふくろの中に、魔王の地図は一枚も残っていなかった。


「"ナマエ"と記されています。やはりあなたのものでしたねえ」
「………なんで」
「私は数日前の深夜、ルディアノ城に魔物観察に行った時、やけに恐ろしい魔物に襲われたんですよ」


当然命からがら逃げましたけれどね、とどこか楽しそうにウェズが笑う。「マッドブリザードやエビルフレイムに形状が似ていましたが、真っ黒でした。聖水を振りまいてなんとか足止めをしましてね!その時、やつが吐き出した黒い炎の球体のようなものが私の体の横をすり抜けましてねえ…瓦礫に当たったわけです。するとどうです、球体が闇に溶け、私の目の前には淡く光る"これ"が現れた」最近噂の宝の地図だとすぐに分かりましたよ、とウェズはにいっと口端を釣り上げてみせる。「しかし、普通の地図とはどうも違う。名前を確認すれば以前、黒騎士退治で噂になったこの国の英雄の名前が刻まれていた。その英雄が私のところに情報をくれと来たもんだ!」


「というわけで、カマをかけてみたんですよ」
「……まさか」
「あの黒い魔物は、まだルディアノ城に居るのですかねえ。しばらく向かっていないので知りませんが」
「宝の地図が、でも別の場所にあるんじゃないかって……」
「世界各地でも、目撃情報が出ていますよ。幾人かですが犠牲も既に出ていますねえ」
「…っ、」
「ただ、出現には一定の法則があるようで……ああそうだ。不審な人物の目撃情報もありますよ。丁度すぐそこのベクセリアですねえ!あとはグビアナ。ベクセリアの周辺をうろついておりまして、警戒されていたバトルレックスを…謎の紫色の男が手懐けて、共に謎の魔物と戦っていたと衛兵から情報がはいっています。それからグビアナでは女王が旅の吟遊詩人に恋をしたとか。銀色の髪と黒い衣装の、非常に妖しい男だとかなんとか…まあこちらはゴシップでしたかな?」


首をかしげるウェズはどうやら、本当に貴重な情報源だったみたいだ。


情報屋ウェズ

(2014/05/14)

名前のセンスが欲しいです。結局オリジナル名ですが瓶底眼鏡でM気質の情報屋。
宝の地図では一番倒しやすいですよねバラモス…私はバラモス、非常に分かりやすい場所に洞窟があったんですが移動が非常に面倒でした。許すまじ