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「ナマエちゃん、どうしたんだい。ぼうっとしちゃって」
「そうだよ、どうしたんだよいきなり」
「……ごめん、ちょっと……びっくりしただけ」
「は?」


既に洞窟の中に、ロトの勇者の姿はない。

私に気がついた水晶売りのおじさんが手を振ってくれたことで、ロトの勇者もこっちを向いた。私の目線と、彼の目線がぶつかった。――その時にふと、ひやりと背筋に冷たいものが駆け巡ったのだ。

しっかりしろよ、と私の肩を叩いてくれるソロやその隣のアレン、アルスやレックスと違うものがそこにあった。上手く言い表すことが出来ないけれど、友好的なその態度とは裏腹にどこか近寄りがたい雰囲気がロトの勇者からは発せられていたのだ。ふるふると首を振って自らの気のせいではないかと問いかけても、違和感をぬぐい去ることはできない。

私の顔をじいっと見つめて、こんな高いモンよく買えるなあとけらけら笑った彼は私の背後の皆をちらりと一瞥して、おじいさんにお礼を言って洞窟を出て行った。たった一言、ちょっと待ってと声を掛けることが私には出来なかったのだ。こちらを威嚇していたのがあからさまだったソロやククール、ゼシカにはあんなに簡単に言葉を紡ぐことが出来たのに……「おい、ナマエ!」「っ、」「なんなんだよさっきから!…あの男になにかあるのか」振り向くとソロが明らかに不機嫌な顔で私を睨みつけていた。ちょっとソロ、とアルスがソロの服の裾を引っ張っているのが見えるけど、私は彼らに言わねばならないだろう。


「……えっと、この中なら…アレン」
「俺?」
「うん。…さっきの人、ロトの勇者だよ、多分。……つまりアレンのご先祖」


引き止めて経緯を話して、協力してもらうのが私の役目だというのに。みずみずチャンスを逃してしまったせいで声が小さくなってしまう私の声を目を見開いて聞き取ったアレンが洞窟中に響き渡る大声を出した。「う、そだろ!?あれが!?あいつが!?ロトの勇者!?」冗談はやめろよと真顔で見つめられたので、黙って頷いて返しておく。


「ナマエ、それなら私達と――」
「う、うん。そうなんだけど、そうなんだけどミレーユあの、」
「何ぼうっとしてるんだよナマエ!追いかけなきゃいけないんでしょ?」
「おやナマエちゃん。今日は買っていかないのかい?」
「い、いえ!買います!二人共、というかみんな、話は後!」


何のためにここまで来たのかわからなくなるから、とミレーユとレックスが私の腕を掴んだのを振りほどいた。レナの銀行から引き出してきたばかりのゴールドを袋から取り出して支払うと、笑顔になったおじさんがほらナマエちゃん、と袋を差し出してくれた。受け取って中身を確認すると、美しく輝く水晶が入っている。こんなものを私は毎回買い込んで、錬金で使っていたらしかった。


**


当然洞窟の外に出た時にはロトの勇者は影も見当たらず、周辺も少し探してみたけれど魔物がいるだけで何もなかった。しかし使った後だと思われる、キメラの翼の燃え尽きた後をレックスが見つけてきたので、私達もあらかじめ用意していたキメラの翼でセントシュタインに戻ってきた。酒場で私が煽っているのは水。目の前には今のところ合流出来ているメンバーが全員で、大きな丸テーブルを囲って座っている。サンディとアレフとムーン、それにナイン君はまだ戻ってきていない。


「それでナマエ、"時の水晶"は手に入ったのですか?」
「水晶の方は問題ないよ。はい、これ」
「おまッ…大金払ってるんだからもっと丁重に扱え!」
「なんというか、そんなに大きいお金を…いや払ったんだけど、9だとそんな気がしなくて」
「何ぶつぶつ言ってんだよ。さっさと開けてくれ」
「はーい!」


話題を切り出したミネアの隣でソロが私を睨んでいるけど、正直時の水晶は必要な買い物だからあまり高く感じない。それよりもロクサーヌさんのショッピングの方がよほど高い買い物が…いや考えないことにしよう。ククールが急かしてきたので袋の紐を解いて水晶を取り出した。テーブルに置くと、小さな感嘆の声が上がる。


「へえ、綺麗じゃない!でも占いには使えなさそうね、ミネア」
「ええ、そうですね…少し残念です」


ゼシカとミネアはいつの間に仲良くなってしまったのだろうか。…とまあ、それはともかくだ。これをお城の学者のところに持っていけば情報が得られる、はずだ。出発はサンディ達が戻ってきてからになるだろうけど、それまでベクセリアなんかに足を伸ばして他の勇者の情報を調べて回るのもいいだろう。「とにかく、これは私が後でお城に持っていくね」「あ、じゃあ僕も行くよ」アルスが手を上げてくれたので、頷いて返した。歴代でも屈指の実力を誇るアルスの力はとても心強い。


「……ロトの勇者のことは、ごめん」


――どうして怖気づいてしまったのか、自分でもよくわからない。

次に会った時にはきちんと協力を仰ぐから、と自分に言い聞かせるようにしてみんなに頭を下げた。別に気にするなよ、とアレンがなんでもないことのように言う。「よく分からないけど、魔王を倒すためには勇者が必要不可欠じゃない」「実際に魔王が暴れてるような気配はないけどな」ゼシカが自慢の胸を揺らせば、ククールが警戒するような目線を私に向けた。……これは、疑われている。ククールの視線から逃げるように顔を逸らすと、ミレーユの隣のテリーと目が合う。ぱちん、と音が聞こえた気がした。テリーの目の色もやはり、私のことを警戒している。

そういえばソロの目から警戒の色は酷く薄まっていた。正直、ここにいるみんなはよく私のことを信じられるなあと頭のどこかで私が呟いていた。『確証のない、怪しいことしか言っていないのにね。夢かもしれないじゃない?――水晶玉に閉じ込められたあの子達も、神様に会ったことも、……この世界にいることも』本当に、本当にその通りだ。なのにどうしてこんな怪しい女を信じることができるんだろう。

でも信頼を得られているのなら、私が返せるものは一つだ。――強くなる。強くなって、足手纏いにならないように。信じて貰えているのなら、私も見たものを信じるだけだ。セレシア様のために、私が元の場所へ帰るために、友達を想う小さな妖精のために信じて行動するだけだ。大丈夫、私はよく知っている。だから信じることが出来る。信じてもらうには、こちらが先に信じなければ話にならないだろうから。



私は"勇者"になってみせる



(2014/04/25)

キメラの翼は使うとき、放り投げるタイミングで燃え尽きてしまうと考えております。
多分絶対ダイ大の影響です。これにて3章終了!