50


杭をドラきちに固定してもらい、まずは身軽なアルスが上っていった。続いてソロ、レックスが崖の上へ。周囲を警戒しつつ、テリーとミレーユが登った後に私が続いた。最期に登ってきたアレンはロープと杭をくるくると手元に巻いて回収した。「一応俺が持っとくからな」覚えててくれよ、と言って腰の袋にアレンから受け取ったロープを放り込んだのはソロ。ありがたくその言葉に甘えて周囲を見渡した。少し木々のあるこの場所のすぐ先は平野であり、まあ見事に巨大な魔物がうろうろしている。


「……俺は見た事ない魔物だな。お前らは?」
「僕もあんな魔物は見た事ないなあ…」
「私もまったく知らないわ。図鑑でもあんなのは見た事ないもの」


目の前を横切っていったキマライガーにアレンが眉を潜め、レックスが訝しげに呟き、ミレーユが少し不安気な顔をする。アルスも首を振って私を見上げた。唯一テリーだけが素知らぬ顔をしている横で、私は苦笑いをするしかない。キマライガーは9が初登場だったっけ…この辺りに出没する主はキマライガーやギガントドラゴン、ウドラーにレッドドラゴンとジャガーメイジあたり。……敢えて言うならだが、嫌なところでうみうしひめ。それぐらいだ。宝の地図に慣れきった冒険者の目線からすれば大したことはない。


「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。普通の人の目線から見れば強いだろうけど…まあ魔王の城にいたモンスターと同じぐらいだって考えれば」
「それって結構面倒くせえヤツだよな?」
「んー、じゃあ聖水使う?一応持ってきてるけど」
「いや、いらねえ。まあ勝てるだろ」


アレンの言葉にそうだねえと同調すると、モンスターの本能からかすっかり怯え切ったスラおとドラきちが私の服の裾を引っ張った。「あーはいはい、隠れてていいよ。一緒に戦ってもいいけど…私も多分お荷物になるだろうし」一応剣は持っているものの、まともに戦えない可能性の方が高いと思う。その時は壁にでもなるしか役に立つ方法が見つからないなあ。「…せめて壁ならパラディンになってくるべきだった…呪文も分からないのにダーマのさとりの使い方分からないよ」悔やんでも遅いのだが、悔やまずにはいられない。恐らくなんとかなるであろうことを祈るしかないのか。


「よし、じゃあ行くぞ」


先頭を切ったソロに全員が頷く。…テリーだけはまだ馴染めないのか、ずっと顔を逸らしたままだった。ミレーユに促されて付いてはくるみたいだから安心だけれども、どうやらさっきからずっと…私は睨まれているような気がする。一体私が何をしたというのか。


**


「あ、ここ!この洞窟だよ」


何度かキマライガーとギガントドラゴンに絡まれた程度で、私達はすぐに洞窟の前に到着した。ソロとアレン、テリーが軽く攻撃を受けただけで他全員にはダメージ無し。一番私達に絡んできたキマライガーはあっさりとソロやアレンにあっさり葬られ、興味本位でこちらに近づいてきたドラゴン系統はテリーが鮮やかに葬り去り、魔界に返されてしまっていた。私はといえば役立たずのままぼうっとしていただけである。というか、勇者二名と剣士一名の動きが早すぎて対応出来なかったといった方が正しい。

ちなみに対応出来なかったのは私だけではないようで、アルスやレックスもぽりぽりと頬を掻いていた。「僕はその、…ガボとメルビンがすごく敏感だから」仲間の野生児やベテラン戦士が主に魔物の気配を察知して知らせているのだろう。レックスもチロルやお父さんが、とアルスに同調した。――とまあ、そんな調子でここまで来たわけだけれども。


「……ここが?こんなとこに店なんてあるのかよ」
「いつもここに行商人のおじいさんがいるの。あとヒツジ」
「ヒツジ?」
「アルス、ちょっと嬉しそうにしない」
「僕、ヒツジ飼いやってたんだよナマエ!」
「うん、でもアルスが呼ぶようなヒツジじゃないから!」


ずうっと泣いてばかりだったヒツジのメーに何を渡せばいいのかまったく分からなかったっけ…先陣を切って洞窟に入っていくと、微かに光が差し込む場所でうずくまって眠るヒツジがいた。それを見て一瞬だけどきりとしたのは、メーの体が緩やかに動いていたからだ。

当然のことながらキャラクターはゲームの中では繰り返し同じセリフ、同じ格好しかしていない。けれども目の前で寝息を立てるヒツジはまごうことなく"生きて"いて、私は酷く動揺した。立っていない。足を折って眠っている。毛皮は立体感を持っていてふわふわとしていて、メーの首には行商人のおじいさんが付けたのだろうか、紐に通されたビーナスの涙がぶら下がっていて思わず口元が緩んだ。


「ねえナマエ、あの子はナマエの知り合い?」
「知り合いというかヒツジというか」
「撫でても怒らないかな」
「きっと怒らないと思うよ。泣き虫だし」
「泣き虫なヒツジなんているんだ…」


そうっとメーに近づいていったアルスが腕を伸ばしてメーを撫でる。ぱちりと目を開いたメーは一瞬アルスに酷く驚いた顔をするものの、アルスの撫でる手が嫌ではなかったのか再び目を閉じた。「あ、アルス!僕もいいかな」レックスが小走りでアルスの傍に駆け寄り、うわあ、と目を輝かせながらその柔らかな毛並みに手の平をひたす。スラおとドラきちがそれを追い掛け、興味深そうにメーを見つめる。


「なあ、アンタ」
「…ん?」


穏やかな気持ちでアルス達を眺めていると、誰かが肩を叩いてきた。振り向くとテリーがいて険しい目でこちらを睨んでいる。「な、なに?」「……いや」やっぱりいい、とテリーは一言残して私から距離を取ってしまう。なんだその思わせぶりな態度!

ちょっとテリー、と私が距離を置いてミレーユの傍へ行ってしまったテリーと距離を詰めようとした時だった。視界の隅にどこかで見たような、――…伝説の姿が映った気がして喉から声が絞り出せなくなる。「おい、ナマエ?」どうしたんだよ、と洞窟の中を見渡していたソロが掛けてきた声にすら反応できない。





「…じゃあおっちゃん、代金はこれとこれと…これでいいかな」
「うむ、確かに。また必要になったら寄ってくれよ」
「こんな高いもの、めったに買えないって!」


―――間違いない。時の水晶を受け取って、笑顔を見せている彼は、……ロトの勇者だ。


伝説との遭遇



(2014/03/26)

いい感じの区切りで3主を出せたので満足しています