49


朝日が海を照らす頃には、目前にピタリ海岸が見えていた。

入念に準備をしていこうと装備品を見比べていると、そんなに警戒しなくてもいいんじゃないかとアルスに言われてしまった。それはそうなのだけど…何があるのか分からないから念を入れるに越したことはないのだ。それなりに強い魔物が徘徊する地域を目指すわけだし。また変なのに襲われてしまったらたまらない。メンバーが強いとはいえ、油断は全滅を招くかもしれないのだ。

そんなわけで今回、私ははやぶさの剣を装備していくことにした。理由はアレンに進められたからである。暇だからと少し打ち合いをした後、アレンは私に基本的な剣術の型を教えてくれた。それらを一度で飲み込むことは出来なかったけど、ほんの少しレベルアップをしたかのような感覚はある。その時にとりあえずは軽いものでもいいから、今は剣を持つことに慣れろと言われた。確かに私は命を奪うことの出来るものを持つことに未だ躊躇いを覚えているのだ。それをまずは捨てなければ魔王討伐なんて出来ないだろう。

ちなみに何度か海の魔物に襲われたけれど、私が剣を抜く前にアレンが一掃してしまっていた。しびれくらげの表情からしてあれは多分、斬られていることにも気がついてなかった!なにそれ怖い!勇者恐ろしや…


「ナマエ、変な顔してるけど準備まだ?」
「ああうん、後はお金だけ…って変な顔って失礼な!」
「へへ、もうみんな待ってるよ!」


ぱたぱたと船の階段を駆け上がっていくレックスの後を、待ってよとでも言っているのかピキーだのキーだの鳴きながら追いかけていくスラおとドラきち。非常に和む光景に思わず口元が緩んでいた。……なんだか、無性に我が家が恋しい。小さな袋の財布に入れたゴールドをきちんと確認して上着の内ポケットに入れた。どうか神様、全滅しませんように!


**



「で、どうするんだ?見たところ登れるような場所はねえけど」
「本当はここ、空から来るんだけどね…ナイン君達方舟持ってっちゃったからなあ」
「うりゃうりゃうりゃーっ!ドラきち、そっちだ!」
「っおま、おまえら…!」


本来は方舟から降り立つピタリ海岸上層部。白い砂浜で作戦会議をする私達の傍ら、テリーとレックス、それからスラおとドラきちは砂浜で戯れて遊んでいる。詳しく言えばレックスと二匹がテリーを追い掛け回して遊んでいるのである。なにあれかわいい。そして二人と二匹を見守るミレーユの目はとても慈愛に満ちていて、うーむ美人は様になるなあと唸っていると後ろから頭をはたかれた。遊ぶのは後だ、と言い切ったアレンはどうする、ともう一度繰り返した。まさかよじ登るつもりでここに来たなんて言えるはずもなく目を逸らす。「もしかして自分で登るつもりだったの?」「え!?い、いや、アルス!?なに言ってるの!流石にそんなバカなこと……」言い当てられてしまってはもうしょうがない。考えてました、と目を合わせないようにぼそぼそと小声で言い切るとやっぱり!とアルスが頭を抱えた。


「流石に無茶だよナマエ!足をかけるところもないのに」
「だ、だよねえ!知ってた!知ってたよ!」
「いや、流石にねえよ…俺は出来るけど」
「えっアレン出来るの!?」
「僕はちょっと……泳ぐのなら得意だけど」
「私もそうね、あまり得意じゃないわ。テリーはきっと出来るだろうけど…レックスにはあまり進めたくないわね」


どこかにツタとかでもあればいいんだけど、とミレーユが再び崖を見上げた瞬間、おーい!と砂浜に声が響いた。「ナマエ!」振り返ると声の主はソロで、彼の腕にはロープと杭が握られていた。「船の中のもの、勝手に持ち出したけど悪く思うなよ」見たところなんにも上に登る手段が無かったしな、とソロは私の目の前までずんずんと歩いてきて至って真顔でそんなことを言い切った。先程の探索の途中ですぐに船に引き返してこれを探してくれたのだろうか。なんというか、勇者って……私なれる気がしない。今まで我慢してきたけど、家に帰りたくなってきたよ!



愛しの我が家



(2014/03/13)