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「………眠れない」


ゆらゆらと揺れる感覚が、揺りかごのようになんて思えない。船が苦手で酔う身からすれば、ただ気持ち悪いだけだ。心地良いとは思うけれど…気持ち悪さの方がどうしたって勝る。

そんなわけで、時の水晶のために私は勇者達と船に乗り込んだ。いやあ…私の船はかなり大きかった。が、こんなものは勇者達にとっては見慣れたものらしい。アレンは王子様だから分かる。レックス…も王子様だし、何よりレックスの父親である伝説の魔物使いこと5の勇者が得ているルドマンさん家の船だってかなり巨大なものだ。ソロなんか気球の方が早いぞ、なんて言ってきた。そんなもの私は持ってないのでごめんなさいね!というしか無かった。いいよいいよ!その代わり天の方舟があるし!…今は無いけど。

勇者が得る船はたいてい大金持ちが準備したものだし、大きいものが多いんだろう。しかし、しかし酷ではなかろうか。自分の船を見上げて思わず「おおお…結構大きい…!」なんて感嘆の溜め息を漏らした私に、「そう…かな?海賊船の方が…あっなんでもないよ!」なんて目を逸らしてきたアルスの姿を思い出すと地団駄を踏みたくなる。そりゃ大きさ比較しちゃいけないからね!?あれ一つの街そのものだから!


「……やっぱり寝れない」


はあ、と溜め息を吐いて布団から抜け出した。――落ち着かないのは船の上だという理由ではないのを私は知っている。

ベッドの傍に置かれたテーブルの上に、いくつかの写真と共に日記帳が置いてあった。開いたドアを閉じると、からんからんと木のネームプレートが揺れた。私と似たようなクセのある字で、そこには文字が綴られていた。自分の名前と、仲間との日々を、――冒険の記録を。

私が知っている事も、私が知らないことも、――ゲームの中にいた"ナマエ"は自らが生きていた記録をきちんと残していた。それを見つけてしまったことにより、私はこの世界にとっては明らかに異分子なのだと再確認することになる。でも、まあ、今はこの子に変わって私が勇者だ。勇者代行、なーんちゃってさ。


「……アホらし」


こんなくだらない事を考えている暇があるなら、せめて少しでも強くなるために努力をして…足を引っ張らないようにしないと。世界中にあの黒い液体が降り注いだらと思うと寒気がする。


**


デッキにはソロが、甲板にはミレーユがいて魔物に目を光らせていた。そういえば数時間後には見張りの交代の予定が入っている。次の担当は私とアレンだ。役に立たない可能性の方が大きいけれども流石にレックスやアルスの睡眠時間を削るのは気が引けた。

本人たちは別にどうってことないと言っていたけど……私は知っているのである。7主人公の性能が他歴代主人公に比べてかなり良い方だということを。現地到着で一番に温存しておきたいのである。レックスはただ単純にまだ幼すぎるから睡眠時間を削るのなんて駄目絶対。体に毒を好んで与えて何になるという。

もう使い慣れた懐中時計を取り出すと交代の時間まで二時間程あった。物音を立てないように静かに進み、タルの奥に隠していた階段から倉庫へ向かう。今日のお供ははがねの剣。重さに慣れていこうというちょっとしたレベルアップ。一応武器の袋も持っておく。

階段を下りるとがらんとした空間が広がっていた。カラになった宝箱、なんで整理しないんだろうとゲーム画面を見ながら常々思っていたのだが、……いやあ目の前にすると片付ける気が失せる。隅の方に結構な大きさの綺麗な装飾が施された箱が重なっているのを見て苦笑した。うん、何かに使えそうで取っているんですね、分かります。もったいないもの。いやー、もったいないとは素晴らしき日本語である。


「さーて!練習しま――――」


声高らかに腕を捲りあげたところで、ごとり、と。――空のはずのタルがひとりでに転がった。

ここだけの話。私は心霊的なものが余り得意ではない。
魔物なら幽霊じみたものでも大丈夫なのだ。魔物だから。むしろ良く見れば可愛いデザインのやつだって多い。しかしこういった不意の瞬間の脅かし要素。これが非常に苦手なのである。事実、手から剣が滑り落ちてがらんがらんと結構な大きさの音を立てた。


―――どうしよう?


「お、おばけなんてないさ!おばけなんて嘘さ…嘘であって?ね?ね!?」


震える指先を伸ばして落ちた剣を拾い上げた。何を察知したのか、がたがたと音を立てはじめるタル。明らかに何か入ってる…!でもあの様子だと私に怯えているような気もしてきた。どうしよう、どうやって…割ればいいんだろう?剣を構えてみるけど、明らかに私のこれじゃあの丈夫そうなタルを壊せそうになんて――――あ。


「粉砕の大鉈…!」


触れるもの全て粉砕してくれると噂の!相当な重さだけれど、持ち上げられないこともないそれを袋から取り出して腕に抱える。(…どうでもいいけど、この袋だけは四次元だよなあと毎回のように思う。私が入ったらどうなるんだろう。)


「タルだけ粉砕出来なかったらごめんなさいでもお化けだし大丈夫だよね!?」


抱えたオノを振り回す――なんてことはまだ出来ないから、体全体を傾けて少し強めにタルの淵にオノの刃を突き立てた。ピシリ、なんて音と共に亀裂がタルに入って行く。ばらばらばら!と音と共に壊れていくタルの中から現れた、――それは人だった。






「……殺すんなら殺せ」
「いや、スライムのひっついてた跡が残ってる顔で言われてもちょっと……」


思わずそう切り返すと、爆発したかのように顔を赤くして体にひっついているスライムを引き剥がそうとするその姿は…全体的に青い。ククールと同じ銀髪で、マントの下からはドラキーがぴょこん、と顔をのぞかせた。そんな彼の私の世界でのあだ名は引換券。緑色のドラゴン、ゲットのフラグ?……まじで?なんでこんなとこにいるの?



引換券を てにいれた! ▼



(2014/01/05)

引換券ってあだ名は愛故だと信じて疑わない