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まるであっという間に思えたのに、時間は随分と経っていたらしい。消え去ったローズバトラーの枝の焦げ付いたものと、息を切らしたアレフが立ちすくんだままなのに、遠くの空はうっすらと明るくなっていた。


「……アレフ!」
「っ、どーだ、見たかよ」


駆け寄ると憔悴しきった顔の、でも得意げな顔の勇者がいる。それはとても眩しくて、…助けて貰ったのが少しだけ悔しい。それだけ動きは鮮やかで、あの光景は目に焼きついている。体の痛みも忘れるぐらい、アレフの動きに見入っていたのだ。

ローズバトラーはアレフの一撃で炎に包まれて、最終的には消え去った。草木の体中を焼き尽くしたかに思えた炎は、剥き出しになった宝玉にヒビを入れた。あ、と思った時には真っ黒な宝玉は砕け散って煙になって、炎が上げる煙に混じって空へと昇っていった。

ブルドーガの時には液体になったその宝玉は、今度は煙になっていた。それがとても気になるところではある。――真っ黒な煙。何か種類があるのかは知らないけれど、煙が抜けさった後ローズバトラーは消えた。浄化されたのかもしれない。微かな罪悪感は多分、私がこの世界で育っていないから抱くのだろう。魔物と分かり合える人なんてほんのひと握りだよ、きっと。


「で、だ」


いつかアレフを追い越したい、そんな気持ちを固めていた私の肩にぽんと手が置かれた。どことなく気まずそうな目線が示す先を見てぴしりと固まる。「……いや、死ななかっただけ良かったと思いません?多分強化されてるから死んでないと思うんだけどね?ね?」――ご都合展開とは行かないらしい。崩れ去った街の門が無情にも瓦礫と成って転がっているのは夢…じゃない!夢であって欲しかった!「俺、知らねえからな」「あああああ見捨てるのかこの勇者ああああ!」アレフの肩を引っつかむと、これも勇者としての第一歩だ!と棒読みで返された。明らかに器物破損で投獄じゃないですかやだー!「俺らが戦ってたって証拠も無いしな」知ってたよ!言わないで欲しかったな!


**


「バカなの?」
「ううっ、ごめんサンディ…でもこれ嘘でもなんでもないからね?本当だよ?」
「それが事実だとしたら更に馬鹿ヨ!あんた、死ぬ気?!」
「いやあ死なないように強くなりたいなって…」
「素人が出しゃばってんじゃないワ!」
「ぐう正…!」
「…何ヨ」
「ぐう正論の略ですサンディ姫」
「馬鹿にしてんの?」
「あれおかしいな…サンディはお姫様みたいな扱いに弱そうだと踏んでたんだけど…」
「ダダ漏れ」
「っつううううう!?も、もっと優しく!サンディお姉さま!」
「…………」
「あ、お姉さまは嬉しいのか。ふふーっつう!?だからもっと優しくお願いします!」


ぎゅうぎゅうと包帯を締め付けると、面白い反応をするナマエを鼻で笑ってやる。「あ、絶対信じてない!私…じゃなくてアレフ強かったんだからね!?」「そりゃ勇者ってんだから強いに決まってんでショ」軽くあしらってやるとぐむむと唸るナマエ。まったく、どうしてこんな大怪我をしてきたのか。まさか無鉄砲にも一人でなんとかしようとしたんじゃないでしょうネ、この子。…気まずそうだから聞かないでやるのが心遣いかしら。

怪我の状態はそれはもう酷いものだった。ミレーユが起きていてくれなくて、もしアレフとナマエにベホマが掛かるのが少し遅ければかなり危なかっただろう。いくら回復魔法で体力や傷は治癒出来ると言っても魔法が完全に万能かと言われればそうではないのに。

それにしても、深夜に襲撃…間違いなくその魔物はナマエ、もしくは勇者を狙っていたのだろう。それにナマエが話していた、不思議な炎の話も気になる。「ねェ、」「んー?」……アタシが見ていないだけで、ナマエは遺跡の時もギガブレイクを放ったと言っている。それが勇者としての力かと思っていたら、今度はアレフを包み込む巨大な炎の力…「アンタ、何の力持ってんの」「何か持ってるなら私こんなに怪我してない」「…確かに。動きもてんで素人だしネ」「何で知ってるの!?」――気のせい、よネ?こんな子が"特別な"戦いの時にだけ力を発揮する、なんて……


「ほーら終わった。感謝しなさいヨ、こんな美少女妖精に手当して貰えたんだから」
「うん、有難うサンディ!あ、ミレーユにもお礼言わなきゃ」
「とりあえずアンタは門の事を聞かれても言いように長袖着てなさい」
「はーい!」




そして新しい朝が来る

(アレフにも詳しい事、聞いておこうかしら)

(2013/10/10)