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強さとは、敬意と同時に畏怖を相手に抱かせる。

竜王を倒した後、俺は確かに人々の平和の象徴として奉り上げられた。ローラ姫から好意を寄せられているのも知っている。しかし、俺の強さ故か、一人で竜王を倒したというそれらから俺は竜王より強いと立証されていて、そんな俺だから何か一言を告げるたびに周囲が怯えるのだ。"アレフ様の機嫌を損ねるような事はあってはならない"と。

俺をなんだと思っているんだろう。媚びへつらった笑顔を向けられるたびに逃げ出したい気持ちに駆られた。無償に苛立つ事が増え、しかしそれを人前で表す事は無かったのだけど、確実にそれは俺の良き理解者であってくれたローラ姫には伝わっていただろう。


そう、もう一度、旅に出ようと思った。


自分の旅した軌跡を、もう一度辿って"次にやるべきこと"を探そうとしたのだ。各地に残った残党である魔物を名を隠して討伐したり、まだ見たことの無い場所へ足を運んでみようと思った。手に入れてしまった力をなんとか、人並み程度に抑えたいと考えた時もあった。結果、それは叶わなかったが俺は旅により心に余裕を取り戻していた。落ち着いて静かになっていく心。ラダトームに戻っても、以前のような扱いを受けないのではないか。そんな甘い考えを捨てきれなかった俺は、ラダトームに戻った。

結果、それは見事に裏切られる。

勇者が行方不明になったと、国の警備隊が動いていたらしい。姫は止めたのだというが、大臣や兵士長らが独断で警備を動かしたのだという。俺の疾走に不安を隠せなかった王が渋々ながらも許したせいで俺を倒してしまい、人類に本当の平和をと唱える派閥は調子に乗ったのだそうだ。ラダトームに一歩足を踏み入れた瞬間の、街の人々の突き刺さるようなあの目が未だに忘れられない。

なるべく戦わないように、殺さないように逃げ出して、――気がつけば夜になっていた。真っ暗な森の中に大木を見つけ、幹に背を預けてずるずると座り込んだ。その時、既に精神は限界を訴えていたのだ。俺を探す兵士達の怒号が近いような、遠いような場所から響くのに怯えた。魔物より何より、人間が怖いと感じた。


――俺が命を賭して、守ったものは何だったのか?


そんな問いかけが脳裏に浮かんだ瞬間。眩しい光が俺を照らして、一瞬兵士に見つかったのかと思って心臓が恐ろしい程に跳ねた。どくん、と鳴り響いた心臓の音は爆発寸前の爆弾みたいで、手は必死で押さえつけていたのに剣に伸びていた。目が眩むほどの眩しい光に抵抗しようと光を伺う。あんなに眩しいランタンなんて見た事――いや、違う!ランタンの光、じゃない!


………そう、そこで俺は、眩しい光に包まれて、


気がつくと、地面に横たわっていた。その眩しい光が唐突で、事に付いて行けなかった俺が目を覚ますと、それは知らない場所の川岸。さっきまで夜だったはずなのに、空はさんさんと太陽が照りつける真昼間。周囲を見渡すと近くに芝の手入れされた道があって、岩山に囲まれている地形が確認出来た。要するにここは山奥なのだろう、そう結論付られた。魔物もちらほらと見受けられる。

人間に怯えていた感情は、驚きに塗りつぶされて消えていた。ここはどこだ、俺は……どうなったと言うのだろう。まったく意味が分からない。とりあえず、倒れていてもどうしようもないので立ち上がって服装を確認する。ロトの剣と防具に財布、袋。道があるということは、これに沿って行けば確実に村(山奥に街の可能性は低い)があるのだろう。どちらに行こうか迷っていると、見た事の無い可愛らしい魔物がひょっこりと顔を現したのだ。

それにうっかり、手を出してしまったのがいけなかった。背中に小さな羽を抱いた白と黒の模様の魔物は、俺が触れようとするなり目を真っ赤に充血させ巨大な牙を向いてきた。驚いて飛び退ると思わず財布を取り落とし、あ、と言う間も無くそれは別の、緑色のズッキーニのような槍を持った魔物にかっさらわれた。おい待てふざけんな、と追いかけようとしたところでその魔物は川へ財布を投げ込んだのである。

全財産入りのそれを諦めるなんて選択肢は当然有り得ないから即座に川に飛び込んだ。どんぶらこっこ、と流れていく財布に必死で手を伸ばすも届かない。それを見て腹を抱えている緑色の魔物を後でどう調理してやろうと考えると河川に生えた木の根っこに財布の紐が引っかかった。そこを逃さず財布を取り戻し、ほうと溜め息を吐いて魔物を振り返る。――当然、逃げ去った後だった。追いかけようなんて気力はもう無い。

川から上がろう。そう思い、元居た場所の反対側の河川へと踏み出――そうとした、その瞬間だった、赤色の液体が流れてきてぎくりとしたのだ。咄嗟に自分の体を見下ろすが、傷跡なんてどこにもない。じゃあこの色は?……上流を見上げると、何かが流れてきていた。人の形をしたそれ。頭から血を流しながら俺の元へ流れてくるそいつは、俺より小さな体躯をした少女だった。その背中に背負われている宝玉の散りばめられた剣の鞘に、言い様の無い高揚感を覚えたのだ。



**



イメージを描くと、その思い通りに動く体。炎を纏っているのが分かるのに、まったく熱さを感じない。手を翳せば炎が噴出されて、花みたいな魔物の植物質な腕を焼き払った。狙うのはあの無駄に大きな体の触手が密集する場所、強化された視力が捉えた黒い宝玉だ。襲い来る茨の触手を炎で無理矢理払い除け、力を込めると体中からエネルギーが放出される感覚があった。同時に吹き出すオレンジ色に輝く炎の温度が空気を歪ませる。


「アレフ、危な――」
「心配すんなっての!ッ、らあ!」


背中に迫っていた触手を振り向きざまに剣で一閃すると、切り口が焼け焦げ再生に時間がかかる。不安そうなナマエに怒声のような"心配するな"を投げてしまうのは、目を覚ましたこいつが、この世界で初めて言葉を交わしたアレンとムーンが、俺に怯えないから、媚び諂わないから安心してしまったからだろう。他者を思いやる余裕が出来るなんてしばらくぶりの事だな、なんてしみじみ思ってしまう。

ローラ姫を助けた時もこんな感じだった気がする。彼女を必死で庇いながら、あの時も死に物狂いで戦ったのだ。――今だって、余裕そうに見えるかもしれないが死に物狂いだ。この不思議な力はとても、体力の消耗も魔法力の消耗も激しい。

多分、一瞬でも気を緩めたらこの炎は掻き消えてしまう。――そんな確信が脳内に有った。だから、一層強く剣を握りしめて炎を巻き起こす。「ひゃあ!?」ナマエが視界の隅で風圧により吹き飛ばされるのが見えた。悪いな、ちょっと下がっててくれ。


「―――これで、終わりだ」




焔の剣



(2013/09/19)

アレフはローズバトラーの名前、モーモンの名前、ズッキーニャの名前を知りません