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選択肢は、確かに存在したのだ。


道を選び間違えたと笑われるのだろうか。単なるエゴだと?それでも、それでもそんなエゴで出来る事があるのならと思った。優越感を感じていなかったといえば、それは嘘だ。"選ばれた"だなんて言葉に思いっきり浮かれていた馬鹿なんだよ、私。ほら、実質自分の実力を測り損ねていたからこんな風に、……死にかけてる。


「……っ、ナマエ!」


霞む視界にぼんやりと、月に照らされ揺らめく黒髪が見えた。「あれ、ふ」絞り出した声が掠れて、口の中に血の味が広がる。――どうして、私はこんな馬鹿な事をしているんだろう。どうして立ち向かおうと思ったのか、自分の意思であるそれが分からない。

……そうだ。

元々、勇敢でもなんでもないくせに"選ばれた"なんて言葉に自分を特別だと思い込んじゃったんだ。結果はご覧の有様で、情けないなんてものじゃない。自分の力を過信して、たった一人で立ち向かう自分の境遇に私は何を期待していたんだろう。自慢でもしたかった?悲劇のヒロインでも気取りたかった?……ああだめだ、嫌なことばっかり考えちゃうや……死ぬから、かな


「目ェ閉じるなよ!」


耳元での大声にゆっくりと顔を少しだけ動かすと、アレフの口がぱくぱくと動く。よく聞き取れない呪文の詠唱が眠気を誘った。同時に視界を暖かな光が覆う。なんて優しい光なんだろう……!一瞬、ふわりと軽くなる体。――痛みが、引いてく。体中が重いけれども痛みが明らかに和らいだのを感じた。反面、額に汗を浮かべるアレフ。


「……これは?」
「あ゛ー……くっそ……魔法力もう無ェよ…!」


血が止まっていた。口の中は鉄の味がするけれど、それでももう血は流れていない。「これで全開しねえってお前、体力どんだけあるんだよ……」アレフがどこか苦々しげに笑う。もしかしてこれ、回復呪文?「え、なんで」「死にかけてんだから当たり前だろうが!」ベホイミ五回分、後で薬草にして返せよと睨みつけられる。……うん?睨みつけられた?


「も、もしかしてアレフさん…」
「怒ってるに決まってんだろこのドアホ!」
「ひっ!?」


思わず息を呑むほどにアレフの顔は怖かった。――戦場を、いくつもの死を乗り越えてきた顔。形容するのならそういったところ。口出しなんて当然出来ない。俯いて地面に視線を落とすと赤いシミが石畳を濡らしていた。……これ、私の血だ。


「どうして助けを求めなかった?」


言葉を返す権利なんてどこにある?自分の力を過信した結果がこれだ。――結局は助けられてしまったという事実がとても自分をみじめに思わせた。「……言いたくない」自分一人で何かをやり遂げて、誰かに褒めて欲しかったなんて。達成感を得たかったからだなんて、勇者としては失格だ。見返りを求めていた自分が恥ずかしくて、消え去ってしまいたい。

「言え」「……」それでもアレフは厳しく問い詰めてくる。――本当は一瞬、助けを呼ぼうと声を張り上げようとしたのだ。そうして息を吸い込んだ瞬間、ローズバトラーが噴出していた奇妙な花粉を吸い込んでしまった。痺れが走って、体の全機能が思い通りに動かなくなった。でもそれを告げる気はない。それは原因の一端に過ぎないし、前者の理由と比べてしまえばそんな事は些細な事だと、……嫌でも認めざるを得ないのだ。


「ナマエ!」
「っ!」


肩を掴まれ揺さぶられた。思わず反射的に顔を上げる。……アレフ、なんでそんな、「……どんな事言われても、怒らねえから」――優しい声で、そんな事言うの?「早くしろよ」あいつはそんなに長いあいだ待ってくれねえぞと、指差した先の平原にはアレフに切り裂かれた腕を再生するローズバトラーの姿があった。

…………言ってもいいんだろうか。


「あの、ね……自分が特別だって言われてから、すごく嬉しくなっちゃったの」
「……」
「だからあの時、――ギガブレイクが出来た時に、期待を確信に変えちゃったというか」
「……それで?」


「一人で何かをやり遂げて、……褒めて欲しくて、認めて欲しくて」


私以外の全員が(その強さの理由をよく知っていると言えど)格段に強くて、その中で中心を仕切ろうとしている私がまさか、こんな魔物にずたぼろにされるぐらいに弱いだなんて認めたくなかった。強く、強くなりたかった。特別な力があるというのなら、それを自分で自分に証明したかった。そうしたらきっと、――サンディも名前で私の事、呼んでくれるんじゃないかなんて……「浅はかだよね、ごめん」助けを求めていれば良かった。自分一人で被害を最小限になんて不可能だと本当は知っていたのに。


「でも!でも、頼りたくなかった!今助けを求めたら、ずっと私はみんなの強さに頼る事になるだろうと思って、それが絶対に嫌だから!この世界の私も、仲間も、サンディの笑顔も!全部取り返すのは、全部私がやらなきゃ意味無い事なの!誰かに頼ってやらせるようになるのが絶対に嫌だ!だから、……だから」


―――強くなれるチャンスを、絶対に逃したくない。


「誰にも頼れない極限の状況を乗り越えられたら、お荷物扱いだってなくなるんじゃないかって……魔法だって使えるようになるかもしれない。せめて、…せめて自分一人でも戦えるよって事を自分自身に、言い聞かせたくて」


最後の方は掠れるようになった声をアレフは最後まで黙って聞いていてくれた。喋り終えたよ、くだらないでしょと思わず零すと頭の一部をひんやりとしたものが覆う。「……アレフ?」「お前さ、案外ちゃっかりしてんかと思えば」以外にバカだよな、と乾いた笑いが頭上から降ってきて思わずむっとする。「バカって…!」人が真剣に悩んでたのに、と言い返そうとしてアレフの顔を見上げた瞬間、再び言葉に詰まってしまう。


「目的がはっきりしてんなら、一緒に強くなりゃ良いだろ」


……一緒に?


「俺だってお前が思うほど万能じゃない。それに比べてどうだ?お前の知識は必要にされてる。集めなけりゃならない仲間ってのも、お前しか全員を認識出来てねえんだぞ?」


戦闘に関しては確かにまだまだお荷物かもしれない。でも、お前は必要とされている。


「フォローぐらい頼っても良いんじゃねえの?死んだら全部終わりなんだから」


私は勇者の血統ではない。才能が無いかもしれない。――でも、それでも。


「お前の背中ぐらい守ってやれるぞ、俺は」


にやりと笑って私の目の前に、ごつごつした手を差し出してきたアレフを呆けて見つめていた。「……おい、なんだ」恥ずかしい事言ってんのは分かってんぞ、と少しむっとしたようにぼやくアレフは無自覚…じゃないよね?無自覚なの?えっ無自覚なの!?

背中守ってくれるって、……どうしよう、不覚だ!どきりとしてしまった!純粋な好意と知っているとはいえ、これは不覚である。そんな、守ってやれるだなんてイケメンから言われてときめかない女子がいたら私はこの目で拝みたい。「っ、あはは!」「…おい?」壊れたか?と呆れたような目線を送ってくるアレフがいたから必死で笑いを押さえ込んだ。


「ねえ、アレフ!」
「……なんだ?」
「ありがとう、私、とても大事な事を教えて貰った」


ずっと一人で旅をしていた、1の勇者からの言葉だから余計に染み込んだのかもしれない。まだまだ弱いけれど、――頼りたい。絶対に、強くなって見せる。


「それじゃあ、あのローズバトラーを倒すのに、…力を貸して貰ってもいいですか?」



当然だと不敵な笑みを浮かべて

(力強く"勇者"は頷いた)

(2013/08/20)