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※サンディ視点


「なーにやってんだか……」


窓の外を見下ろすと、月の光に反射する刃の煌き。見よう見まねだかなんだか知らないが、基本さえ抑えられていないその剣筋に希望を見出したのは多分、自分だけだ。声を掛けるなんてしない。励ますなんてそんな事しない。まだ、あの子をアタシは認めたわけじゃない。その代わりどれだけやれるのか、見ててあげるワなんてぼんやり考えながら人間用の大きなコップに注がれたジュースをストローから飲んだ。オレンジの風味が口いっぱいに広がる。


「なあ妖精、何見てんだ?」
「乙女が感傷に浸ってんのヨ、ほっときなサイ」


声をかけてきたのはアレフと呼ばれていたTの勇者。こいつは……興味本位だけだろうけド、あの子に興味があるみたいだからこんな光景見たらすぐに下に降りようとするだろう。そんな事させない。都合の良い世界なんてあるはずが無いし、……何より、アタシの笑顔を守るなんてフザけたこと言い出したのはあの子だ。言い出した事を曲げないと頑固な面を見せつけて、アタシの心を揺らしたのもあの子だ。


「だーかーら、強くなって貰わないとねェ…」


口元が緩んで、目が細まるのが自分でも分かった。弱かった頃の"ナマエ"が旅を重ねて成長していった姿をあの子は彷彿とさせるのだ。強くなってよね、早く。そうしたら名前で呼んであげないこともない。ぼんやりと考えながら剣を必死に振り回す勇者の卵の頭上に輝く満月を見上げた。……おねえちゃん、大丈夫かな。生きているのか、それが一番不安になる。"ナマエ"達は水晶玉に閉じ込められているから肉眼で確認出来るけれど、おねえちゃん達はどうなっているのか分からない。ああ、不安だらけだ。

ねえ、早く取り払ってよ、こんなの。

世界に平和を取り戻したのに、どうして平和は長く続く事が無いんだろう。悪が生み出されれば人々の心は団結し、悪に立ち向かおうとするのに悪が途絶えると今度は人間同士で争いを生み出してしまう。支配される事により反発する力が結束した事実は、支配者が消え去ることで崩壊してしまうのだ。醜い争いを何度、この目にしてきたことだろう。救った後の世界の裏は綺麗なものばかりじゃない。

人々は知らない。争いが人を憎む心を生んで、それがオーブに力を与える事を。「あーあ……こんなとこで役に立つなんてねー…」神の国を飛び出してくる前に叩き込まれた知識のひとつ。忘れたくても妙に印象の強さで覚えていたその文の一節は、暗黒のオーブについて書かれていたのだ。人間の負の感情は地面に吸い込まれ、地の奥底に眠る暗黒のオーブに力を与えると。オーブそのものに害は無いが、もしそのオーブが悪の手に渡れば、時間軸さえ乗り越えた世界の全てが危機に陥るだろうと。それだけの力がオーブにはあり、しかし負の感情が途絶える事なんてない。魔王が世界を支配しようと目論めば悲しみという負の感情がオーブに吸い込まれ、討ち果たされた魔王に世界が湧こうとも、その裏で動く金銭や財産、食材や人間に対する負の感情というのは必ずしもどこかに付き纏うものだ。

そのオーブについての対抗策は書に記されていなかった。それが酷く引っかかった事を覚えている。じゃあ、このオーブが入りきらないほどの負の感情を蓄積した時にどうなるのだろうと。『その時は……どうなるか分からないけれど、これはおとぎ話よ?』お姉ちゃんはそう言ったけれど、本当に暗黒のオーブは存在した。オーブは最大まで感情を蓄積したら、自分から飛び出してきたんだね。そしてオーブが魔神の元へと向かった事により、事態は最悪の方向へ。異世界からやってきたあんなひ弱な…ただの、普通の生活を、……平和な生活を何不自由無く送っていた女の子に押し付けるなんて。


「酷な事するワ」


呟いた言葉は誰にも拾われる事なく夜空に消えた。アタシにもっと力があればなあ……あの子にあんな負担をかけさせる事も、あんな辛そうな顔させる事も無かったのにね。絶対口には出さないけれど、これでもかなりの責任を感じてるんだよ?アタシだってそんなに薄情なわけじゃないし、―――あんな風に守るって言ってもらって、嬉しくないはずが無かったんだもん。


「……………頑張りなさいヨ、」


見下ろすと、きらきらと刃が煌めいた。心なしか先程より動きが早くなっているような気がする。アタシのために頑張ってくれるっていうんなら、アタシの親友のために頑張ってくれるって言うんなら、さ?「見守ってやるぐらいはしてあげるから」恥ずかしいから絶対に口には出さないけれど、その努力する姿勢は嫌いじゃないわヨ。


「サンディ、」
「……何ヨ?ナインの癖に」
「…………ナマエ、頑張っていますね」
「………まぁネ」



きみをやさしくみまもろう

(頑張れ、……………ナマエ)



(2013/07/18)

でも、見守ってくれる妖精(ヒロイン)がいます。
心の中でだけちゃっかりデレ気味なサンディ。
そりゃ夢主があれだけ言ったもんね、男前だもんね!……惚れてもいいのよ?