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「あれ、早かったですねナマエ………早かったですね!?」
「ナイン君…じゃない、ナインが驚くのも無理ないようん」


やっぱり呼び方ナイン君でいい?と聞くととても複雑そうな顔をされた。この短い期間のあいだに私の中ではナイン"君"が一番馴染んでしまっていたらしい。ナマエ様って呼びますよと言ったナイン君はとりあえず必死に引き止めておいた。様は本当に恥ずかしい。





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「………なんだこの面子」


沈黙の中、ぽつりと呟いたのはククール。部屋が狭くなったからとリッカが用意してくれた集合専用の大部屋に、歴代のキャラクターがなんの法則も無しにばらっばらに集っていた。私を中心に右からアレフ、アレン、ムーン、ソロ、ミネア、レックス。左からナイン君、ミレーユ、アルス、ゼシカ、ククール、それからラヴィエル。

既に新しく輪に加わったアルスとミネアとレックスには事情やその他諸々を説明したわけだが……なんというか、こう、全員で顔を合わせると分かる違和感。強烈な違和感。コラボレーションというには勇者が足りないせいでなんだか微妙な感じになっているし……とりあえず、Vと]の世界以外からは最低でも一人以上はここにいるということになる。これだけ集まっていてもまだまだ出会わないといけない戦士は本当に多数で、少しばかり気が遠くなった。やらなきゃいけないのは分かってるんだけどさ。


「でも本当に、ナマエはまだこの世界に来て間も無いのに…よくこれだけ集まりましたね」
「私もまだあんまり信じきれてないんだけど」
「そんな事は無いわ。導かれるべくして、私たちは貴方のところへ導かれているもの」


ミレーユが笑う。さっきまで戸惑い気味だったミネアとレックスも今は"戦士の顔"をして私を見つめていた。「成すべきことを成すべくために」ナイン君が少し目線を落とす。大丈夫だよ、不安なのは私も変わらないから。待っててね、すぐ助けてあげる。この世界の本当の勇者を取り返すために私は戦う。


「じゃあさ、とりあえず作戦会議しよっか」


この世界にある街や村、ダンジョンの名前なんかは全部把握しているつもりだ。それらを全てしらみ潰しで調べていくしかないだろう。……―――あの真っ黒な宝玉が額の埋め込まれていたブルドーガを思い出す。どうして魔物があんな風に凶暴に…世界を救った後の勇者たちでさえ戸惑わせるレベルなのだから、恐らく相当な強さだろう。天空の剣を見つめると柄がきらりと光った。……自分の不可解な力にはあまり拘って考えないようにしないと、それに頼り過ぎて駄目になってしまうかもしれないなあ……なんとか、しないと。


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あっという間に外は夜の帳がおりていて、星が空にはきらきらと瞬いている。


「……よっ、と」


がらがらがしゃん!と足元に袋からひっくり返した武器が散乱する。剣、ナイフ、ムチ、弓矢、ハンマー、オノ、棍、……物理系の武器は、とりあえずこれだけ。やっぱり一番手に馴染むのは剣で、その次に弓矢。私が魔法戦士の職についている(らしい)からだろうか、イメージを浮かべると武器に魔法力を宿せそうな気がする。……あくまでも気がするだけで、実際には出来ないから思わず肩を落とした。

先程の作戦会議の後。

遺跡の中で取得しただけで、結局は使われなかったという謎テレパシーを再び私以外の全員が習得したのである。年齢のせいか多少モタついたレックスさえも最後は言葉が通じて笑顔になっていた。多分、私が出来ないのは魔法に触れることが一切無かったからだろうとアレンは慰めてくれたけど、アレンはテレパシーが使えるんだからまったく私の心は休まらない。多分、魔法力なんてものがまったく無いからなんだろうな……純粋に、そんな不思議な力は備わっていないのが当たり前の世界から来たのだから仕方無いんだけど。

とりあえずは全員の武器の相性を確認し、明日から二手に分かれ、手分けをして捜索にあたることになった。その際、普通のモンスターではなく明確な"敵"を見つけたら自分たちだけでなんとかせず、テレパシーで連絡を取る事を約束した。勿論私は他の誰かと一緒に行動する事が必要不可欠なわけだけれど、そこは後日決めるという事になった。完全にクラスで浮いているタイプの扱いである。ほら、ペアを組んで二人一組になりなさーいって言われた時に、余っちゃった感じ。そこで先生が提案をして、二人組のどこかを三人組にしてあげましょう、どこに入れようか?って言われて生殺しにされてる状況。……その延長戦。

せめて足手纏いにはなりたくないからとこうして抜け出してはみたものの……「"核の勇者"ねえ……」私が、本当に?全部の世界の全ての勇者が揃ったら、私もういらないんじゃない?……そんな事は多分無いんだろうけどさ、本当に不必要なんじゃないかという気がしてくるから"差"は嫌だ。戦える人間と、戦えない人間の差。それは巨大な壁も同然。溜め息を吐いても何も変わらないから剣を拾い上げて握った。天空の剣ではなく、鋼の剣。至ってオーソドックスな武器のひとつ。まずはここからはじめよう。

上から楽しそうにはしゃぐ声が聞こえた。思わず宿屋を見上げて、一際明るく輝く一室を見つめる。息抜きしねえとな!とククールが言ったことによって上ではトランプ大会が開催されていた。ククールのイカサマを次々と見破る占い師コンビは最強なんじゃなかろうかと思うほど鮮やかな指摘を繰り広げていたっけ。またイカサマ見破ったのかな?一番年齢の低いレックスはアルスがいるから馴染めているみたいだし、ナイン君はアレフに飲まされたお酒で酔いつぶれていた。だから抜け出せたというのもあるんだけどね。

剣を握ると慣れない重さが腕と心に負担をかける。人を、魔物を殺すことの出来るもの。命を奪う事が出来るもの。怖がる必要性はどこにもないのに、やっぱりこうして一人で向き合うとどうしても震える腕。「……魔物を虫と思うんだ」例えば嫌いな虫。例えば家畜。私の世界でだって、殺す事で生活が成り立っているんだから。今更怖がっているのなんてもうとうに遅い。

命を奪ったことのない人間なんて、いるはずがないのだから




「…………だから、怖がるなよ、私」


犠牲の上に成り立っているすべて。そう、たくさんの犠牲を踏み台にして私は今ここに立っていられる。だから、これ以上怖がって躊躇うのは全てのものに失礼だ。さっさと覚悟を決めろよ、やるって言ったんじゃないか。決めたんだ、守るって。取り返すって。――笑顔になって欲しいなんて、実質初対面の相手に言うべき言葉じゃなかったのかもしれないのにね。どう足掻いたって、吐き出した言葉は取り返せない。



「あーあ、やっぱ怖いなあ……」



どう足掻いたって

(勇者は後ろを振り向けない)
(勇者は逃げる事を許されない)
(勇者は宿命から逃げられない)

(どう足掻いたって、意思を曲げる事を自分自身が許さない)



(2013/07/16)

都合良く、誰かが来て慰めてくれるなんて無いのです。