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※ソロ視点


何が起こったのか、よく分からない。

アルスとやらがナマエに耳打ちをされたかと思ったら、厳かにその手を取ったのだ。ナマエはなんというか、とても安心感を得た顔をしていた。二人の間で何が成立したのか、それは二人にしか分からないことだから俺には別に関係の無い、ことだ。


「じゃあ、これからよろしくね、アルス」
「こちらこそ」


――綻んだ顔。

少し、後ろめたい気分になった。一度、その手を取るのを拒んだからだろうか。なんだか自分が弱くて逃げた、そんな感覚に陥ってしまう。


「……ソロさん?」
「ソロのにーちゃん、どうしたの」

「………あ、」


はっと目を見開いた。少し目線を下に向けると、不安気な顔のミネアとレックス。「どうしたんですかソロさん、そんな……辛そうな顔して」辛そうな顔?俺が?「ンな馬鹿な」否定すると、レックスが俺の服の裾を握る力が強まった。「……にーちゃん、すっげえ悔しそうな顔してた」悔しそう?辛くて、悔しそう?何で、俺が。

ああ、そうか。手を取らなかったことを後悔しているのか。助けてもらったのに、恩を仇で返したと自覚しているのか。レックスとミネアが気まずそうに、どうしたらいいのか分からないと言いたげな顔で俯いたのが視界に入る。――俺の判断を、待っているのか。


「……い、おーい!?ちょっとソロ聞いてる!?」
「…は?」
「いやは?って言われても…えっ、何で距離開けるの」


唐突に目の前にナマエの顔が現れて、反射的に距離を取っていた。「え、もしかして嫌われてる…?」「そ、そんな事ないと思うよ!」ショックを隠せないといった表情のナマエにアルスがフォローを入れていた。どうやら俺が知らないうちにナマエは何度か俺の名前を呼んでいたらしい。「…なんだよ」「いや、アルスは一緒に来てくれるらしいんだけど、ソロとミネアと…グランバニアの王子はどうするのかなって」目を見開いた。隣からミネアが息を呑む音が聞こえて、レックスの小さな呟きが聞こえた。


「あの、ナマエさん…?どうして私の名前を」
「おねーちゃん、……どうして僕がグランバニアの王子だって知ってるの?」
「……やっちまった……!」


頭を抱えて「うわあああ…!」と呻き声を漏らすナマエと、それを指差し「きゃははは!またやっちゃってんの!」と楽しそうに笑う金髪の妖精。そういえばこいつ、さっきさらりと『みんなのあらゆる事柄を知る世界から来た』と言っていたな。「ミネア達の事まで知ってるのか」「う、うん、まあね…王子の名前はデフォ…じゃない。推測で言うならレックス、かな」合ってる?と苦々しげな顔でナマエが問いかけた先にはレックスがいて、レックスは警戒心を抱きつつも困惑した目で頷いた。

「じゃあ、王女様はタバサだったりする?」「……どうして、それを」王女?レックスには妹か姉がいたりするのだろうか。この場にいない家族の事まで言い当てられ、レックスは混乱しているらしかった。震えるその肩に、そっと手を添える。「合ってたのか!ねえサンディ、これ私ますますやらかしてるんじゃない?」「そうネ、向こう側の警戒心もだけど、アルスの不可解な目線も強まってるわヨ」自覚しているのなら不用意な発言をぽろぽろこぼすのはどうかと思う。


「え、えーっと!私はとりあえず貴方達の敵じゃないし、むしろ味方なの!」
「………」
「ああもう!そんな、睨まないでよー!説明はするから!」


慌てているナマエはククール達の時も思ったが、わりと人間味に溢れている。「ソロ!ほら、事情知ってるんだからなんとかソロからも言ってやってよー!」ここで俺に縋ってくるのか。まったくだらしない勇者である。「遺跡の時はあんなに威勢が良かったのにな」「いや、あれは無我夢中で…」焦った顔はブルドーガとの戦闘の時に見た、巨大な力を得た時のものとは違う、ただの年相応な表情豊かな少女のもので、思わずはは、と小さな笑みが溢れた。乾いていたかもしれない。それでも、俺のそんな反応に全員が顔を上げていた。


「ミネア、レックス、アルス。心配しなくていい、こいつは"悪"じゃねえ」
「……ソロ?」


自分を庇う俺の発言に驚いたのだろう。爆笑出来るレベルのアホ面を晒したナマエに思わず笑いそうになりながら、それでも言葉を続ける。


「今、世界は大変な事態に陥っているんだ。俺たちが今、ここにいるのはその事態を対処するためだ。こいつの話によれば、神様達は全員力を封じられてしまったらしいからな」
「……じゃあ、本当に……」


微かな反応を見せたのはアルス。こいつもこいつなりに、多少は事情を察知しているということだろうか。ミネアは真剣な表情で考え込んでいるようだった。そう、ミネアの言う『事情を知っている人』はナマエに他ならないのだろうから。自らの意思と突然現れたナマエにミネアは戸惑っているのだろう。
レックスの手は少し震えていた。多分、ミネアから少しは聞かされていたんだろうな。ナマエの存在は"家族"への手掛かりに同じ。しかし、明かしてもいない自分の名前を知っていた事に対する不信感が残っているのだろう。それに対する解決策を、俺は知っている。

――信じてみればいい。

後押ししてやる。これが本当の選択肢だ。いつでも大事な時に俺は、勇者は――"はい"か"いいえ"を問われるのだ。さっき、俺が選んだのは"いいえ"だった。今は?……二度目の選択を問われている今この状況は、先程とはまったく違う。ミネアが、仲間が一人居るだけで俺の心にはかなりの余裕が生まれていたのだ。


「さっきは悪かったな」
「……ソロ?」


そのアホな顔で勇者だなんて、本当に笑わせてくれる。……でも、信じてやらないこともない。目の前でこいつの力を見たのは多分、現状俺が唯一だ。





「協力してやるよ、お前に」




二度目の選択



(2013/07/04)

ソロがデレたよ!