28


「……ソロ……」


ゼシカやククールだって信じてくれたのに、ソロは去っていってしまった。ソロの腕を掴もうとして掴めなかった右手がだらりとたれる。――友達になれると、一緒に戦えると思っていたのに、やっぱり信頼を得ることほど難しいものは無いと言うべきか。


「ナマエ…」
「……大丈夫。もし運命が"全員で"戦えと言っているのなら、ソロとはまた会える」


実際に戦ってもいない相手を倒すのに、いきなり協力してくれなんて虫が良すぎたんだ。第一私だって"仲間を集めろ"としかセレシア様に言われてないわけだし、そんなのだから魔王たちの居場所だって知らない。(そもそもの大前提としてスライムより弱い。……通常時は。)


「大丈夫!後の事は後で考えよう!―――ありがとう、信じてくれて」


「当たり前だろ」とアレフが言って、みんなが頷いてくれて――思わず口が緩んだ。不安が無いわけではない。ソロと共に戦ったことで私の力は恐ろしいものになった。それが無くなるのを怖がっているだけでは前に進めない。「…自力であれぐらいにならないと」そう、自分一人の力でギガブレイクでもなんでも出来るようにならなければ勇者なんて名乗れないし、元の世界に帰れない。助けられない。助けなければいけないのだから、怖がっていちゃあいけないんだ。


「ミレーユ、占って欲しいの。分かるだけ全ての勇者と、その仲間のいる場所を」
「ええ、お安い御用よ」
「へえ……あんた、占い師だったのか」


アレンが物珍しそうにミレーユが何か取り出すのを待ち――「って、何も出さなくていいのか?水晶玉とか」「私はまだ見習いのようなものなの。それに私は"夢占い師"だから……人の見た夢で占いをするのよ」それにはこれだけで十分、と小さな手鏡を取り出すミレーユ。「さっきのような映像は占うのが難しいけど……」と苦笑するミレーユにに目を輝かせたムーンとゼシカが詰め寄った。「「占って(ください)!」」「……ナマエー?」「私は夢とか覚えらんないし、二人の仲間の手掛かりがあるならそれを先に占って欲しいな」「そ、そうそう!エイトやヤンガスの場所が知りたいし」「そ、そうですね。サマルの場所が知りたいです私」「……二人共……」いや私もそれなりに女の子だから占いとか興味ありますけどね?目的見失わないで欲しいな?


「ではムーン姫、あなたが一番最近見た夢を教えてくださるかしら?」
「ええ、もちろんよ!あれは―――………ロンダルキアの夢だったわ」
「ムーンお前それ悪夢じゃねえか」
「私は魔法で再び犬にされて、アレンとサマルがメガンテの餌食になったの」
「俺とサマルの命はどうなったんだ?」
「二人の棺桶を私が加えて、教会まで歩く夢を見たわ。装備品は置き去りにしたの」
「ッあああああああ!!!!やめろォォォォォ!!!」
「………す、すごい夢ね?」
「それで―――」
「もうやめてあげて!?アレンのライフはもう0よ!」


夢だから、と笑顔になる王女様が少しばかり恐ろしい。「メガンテ……ザラキ……イオナズン……」とうわ言のように繰り返すアレン。占いひとつで何このカオス。ミレーユも引いてるよ!ムーン王女様怖い!顔を青どころか茶色にさせたアレンに対し、「俺はこういうくだらない場面で男を回復する趣味はねえんだけど」とぶつぶつ言いながらククールが気を聞かせてベホマを唱え、「良い夢をどうぞ」と一言呟きナインがアレンにラリホーマを唱えていた。ばたん、と抵抗せずに眠りの世界へと落ちていったアレンを確認し、ナインとククールはこくりと頷き合う。いつの間に友情成立させてるのそこ!

「……気を取り直して」こほん、と咳払いしたミレーユに視線を戻す。「占いを始めても良いかしら?」暗に『静かにして欲しいの』という無言の圧力を感じて全員が押し黙る。微かに聞こえる寝息は無視するとして――全員がミレーユの手元の鏡に視線を集めた。細工の細かなその手鏡は、神秘的な雰囲気を醸し出している。


「――――………夢を司りし精霊よ、我の声に耳傾けたまえ」


静かな声がひとつ響く。「…っ」息を呑む声は私だけのものではない。部屋は少し薄暗くなり、手鏡が光を放ち始めた。「――示したまえ、夢の意味する全てを」…うん、空気を読めないのかもしれないけど、メガンテで全滅して自分が犬に戻っちゃうっていうムーンの夢は何を示すんだろう。破滅?破滅なの?そ、そんな事ないよね?一瞬だけ不安に駆られてムーンの横顔を見つめると、彼女は何故だかわくわくと楽しそうに杖を握って手鏡を見つめていた。なんという楽観的思考!ある意味尊敬する!「……与えたまえ、我らに道しるべを!」一声高くミレーユの声が響いて、はっと手鏡の方を振り向いた。強い光を放つ手鏡がきらきらと光の粒を振りまき、その中央に小さな映像を浮かび上がらせる。

映像の中央は教会のようだった。長い紫色の髪の女性と、小さな金髪の少年。その背に背負われているのは身の丈に合わないように見えるのに、やけに馴染んでいる"三振り目"の天空の剣。そして――緑色の服の小さな少年。緑色の帽子から覗く黒髪。携えられた剣の柄は手鏡越しにも分かるほどに美しく輝いている。


「―――勇者が、ふたり……!」
「本当なのですか、ナマエ!?」


目を見開き問いかけてきたナインに頷きを返す。「一人はソロの仲間、この金髪の子は天空の血を受け継ぐ勇者の一人。この緑の子は水の精霊の加護を受けた、楽園の戦士!」紫色の髪を持った女性が、祈りを終えて目を開けた。彼女は間違いなく双子の妹の方、ミネアだ!「ミレーユ、これはどこの教会!?」「わ、分からないわ。――私だって、この世界には来たばかりなのよ」「っ……!」ミレーユが分からないのは無理もない。興奮が一瞬にして消し去られ、焦りと歯がゆさで汗が滲んだ。「これはどこの村?街?」必死に記憶を辿るけれど、ゲーム画面で見る教会とまったく違う内装に戸惑ってしまう。縋るようにサンディを振り返ると、苦々しげに彼女さえも首を横に振るのである。


「……手当たり次第でいってみたらどう?」


頭を抱えていると、肩を優しく叩かれて目の前にキメラの翼を差し出された。「ゼシカ…」「ナマエは分かるんでしょう、この世界の村や街が」生憎私とククールは一つしか持ち合わせがないのだけど、と差し出されるキメラの翼。頷いてポケットを確認すると、じゃらりとコインの音が鳴った。――足りない分は買えばいい。


「ありがとうゼシカ!行ってくるね、私。ほらサンディ行こう!」
「ちょっ、アタシだけェ!?ナイン達は?」
「ぞろぞろ行ってもキメラの翼を使う量が増えるだけでしょ?」
「じゃあアタシも休、」
「さあ行こうねサンディ!みんなはここで待っててね!」
「理不尽だわァァァァ!」


行ってらっしゃい、とひらひらと振られる手に自分も手を振り返しながらサンディと共に部屋を飛び出した。ぶつくさ言いながらも付いてきてくれるところはやっぱ、優しいと思う。「アンタってばやっぱ……」「何?」「何でもないわヨ!」ほら走りなさい!と私の肩に寝そべる姿はとてもイラッとするのだが。









**


あいつらを探す前に、まずは教会で祈りを捧げておこうと思った。ところが足は宿屋を出てからひたすらに重い。「……別に、俺は」悪い事を言ったわけじゃない。事の重要さや、俺がこの世界に飛ばされてきた理由も受け入れられた。告げられた言葉が偽物か本物かなんて、人の目を見れば判別出来る。悪意どころか真剣な目で『焼き付けて』と言ったナマエの声が頭から離れない。

しかし、デスピサロであった魔族の王は人間と手を取ったのだ。今はピサロとしてロザリーと共に静かにホビットや動物が共に暮らす村で静かに生活しているはずだ。時々は俺たちと酒を酌み交わすのに、あいつが再びデスピサロとして異形の形を成すというのは信じられない。――ナマエには悪いが、本当に、俺達には関係無いんだ。


「……もうすぐ、シンシアの墓参りに行かなきゃいけねえ時期だってのに」


階段を上り、目の前に現れた教会の扉をゆっくりと押す。厳かな教会の雰囲気は少し安心し、同時にナマエの悲しそうな――扉を占める直前の顔が蘇って顔をしかめた。「あら、あなたもお祈りに来たの?」信心深そうな若い女性が声をかけてきたので、「ええ、まあ」と小さく返しておく。神父の前には先客がおり、彼らは丁度祈りを終えたようだった。金髪のまだ幼い少年が立ち上がる。

―――その頭と背に、目が釘付けになった。


「天空の兜と、剣……?」
「え?」


思わず漏れた俺の呟きは静かな教会に思いの外大きく響き、反射であろう、少年が振り返った。暫くきょとんとしていたそいつは、俺の腰と頭にも同じものがあると認識した瞬間に表情を驚愕に染めた。「み、ミネアさん!」「どうしたんですか、レックス王子。教会で叫ぶなんて――」「違うの!ほら、あの人!僕と同じ天空の――!」「天空!?」静かだったその声が一瞬にして驚愕に染まり、立ち上がった瞬間に紫色の髪がふわりと広がる。橙色を基調にした占い師服の裾が舞った。


「……本物の、ソロさん、ですか?」


初めて出会った時と同じように、喜びと驚きを織り交ぜたような顔をして――「ミネア…か?」「その声、ソロさん!良かった、無事で本当に……!」教会の中だというのに、普段はマーニャにあれほど教会では静かにしろと言うミネアが教会の中で大きな声を上げていた。

不安だったのだろう。目の端に、少しだけ涙を浮かべながら。



夢占い師の示した道と、

(占い師と勇者の再会)

(2013/06/16)

最後はお察しの方もおられると思いますが、一応補足しておきます。ソロ視点です。