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「ナマエ、邪魔をする………っと、本当に邪魔なようだな。私は降りていようか?」
「浮いてればいいから早く入ってくださいお願いします」


心底嫌そうな顔をするラヴィエルの手を引いて人口密度の高い部屋に引き込んだ。部屋の上空ではこれまた納得のいかないと言いたげなナイン君が浮いている。


「あー、じゃあアレフ達には二度目の説明になっちゃうけど大丈夫?」
「どうでもいいからさっさと聞かせろ」
「ソロは急かさないでくれると嬉しいな!」


私まだ座ってすらいないんですけど!リッカの宿屋で普段私が仲間と共に使っているという部屋はどう足掻いても四人用で、その部屋に現在フル武装の戦士(アレフ)が一名、王族(アレフとムーン)が二名、聖堂騎士と巨乳お嬢様、夢占い師と天空の勇者。天使が二名で妖精が一人。窓を開け放っているというのにこの人口密度の多さにより、部屋はなんとなく圧迫気味だ。ちなみにベッドが私の定位置。そこだけは絶対に譲らない。


「……ナマエ、私は何故呼ばれたんだ?」
「ラヴィエルって上位の天使なんでしょ?――私が見た映像を、みんなに見せたい」
「………セレシア様から受け取ったものか」
「うん。信じてもらうにはそれが一番手っ取り早いと思うの」


「分かった」と頷くラヴィエルに頷き返し、おもむろに私が取り出したのはあの水晶玉。「……それは、なんだ?」「三人にはもう話したけど、これが本来ここに居るべき勇者である天使と、その仲間」ククールの問いかけに答えたあと、ラヴィエルが私の額に手をかざした。何をすべきか自然と分かる。「目を閉じて」自分でも驚くほどに透明な声は部屋に響き、ゆっくりと染み渡っていく。瞼の裏に再び"あの"光景が映った。


「終わるまで目を開けないで。――しっかり、焼き付けて」


これが現実だという証拠は、何よりもあの魔物の額に埋まっていた真っ黒な宝石が証明している。


**


「ダークドレアムは、私達の世界の"魔神"よ」


リッカが運んできてくれたお茶を飲みながら、ミレーユが唐突に口を開いた。「そういえばそうだね。召喚されて、国一つを一瞬で消し去った…」「…どうして知っているの?」「うん、隠しててもしょうがないから話すけどねー。みんなの世界のあらゆる事柄を知る事の出来る世界に住んでたの」「……サラっとすっげえこと言ったなお前」「うん。その代わり知る事が出来るだけで、私自身は戦いになんてまったく慣れてない」偉そうに喋っている今だって、実感が無いだけなのだ。魔王に立ち向かわなきゃいけないなんて、やっぱり未だに信じられていなかったりする。


「まあ、強くならなきゃいけないんだけどね」
「……何でだよ。そこの天使、"世界を繋ぐ"扉を開く天使なんだろ?」


「平和な世界に戻ればいいんじゃないのか?」そう告げたアレンに枕を投げつけた。「うわっ!?」「このバカ!」王子のくせに単細胞!「私にだって守りたいものがあるの!」弱くても見苦しくても、一回決めたことは絶対にやり遂げなきゃ気が済まない性分は生きていく上で曲げないと決めた私の信念。「そのためだったら、どんな努力でもするよ」ぬるま湯みたいに平和な世界でのんびり生きてきたからって侮ることなかれ。これでも努力型なのだ。


「命を捨てる覚悟はしてないから、それはみんなにも強要するよ?――全員生きて、元の世界に帰ろう」「そこは命を捨てる覚悟って言えよ」「だって命投げ出したら約束が果たせなくなっちゃうんだろうしね」アレフに言葉を返しながら、水晶玉の中の天使を見つめた。透明な球体越しにサンディが水晶玉を覗き込んでいて、彼女の目が大きく拡大されて見える。「……何ヨ」「ううん、なんでもない」きっと今、サンディへの言葉は必要ない。そっとベッドの上に水晶玉を置いて部屋をぐるりと見渡した。――まだまだ、全員集合への道は遠い。でも、着実に集まっている。「お願いします、私の大好きなもののために、」ゆっくりと立ち上がって、目を閉じた。


「―――私に、協力してください」


頭を下げるのが一番の誠意の表しだと信じて腰を曲げる。「……全部の世界を守りたいの」そう、私は欲張りだから全部の世界を守りたい。どの世界も崩壊なんてさせたくない。だから、全ての力を集めて強くなって、課せられた使命を成し遂げたい。そうすれば守りたい人の笑顔が取り戻せるんでしょう?大好きで、大切でしょうがないから、守ってあげたいと思ったから、私は勇者と名乗る事を決めたんだ。


「勿論、僕はナマエ様に付き従いますよ」
「………ナイン君」


私の目の前にふわりと降り立ち、笑顔になったナイン君が剣を抜いた。「え、えっ!?」「何を驚いているんですか?――こうするんです。」剣を立て、目の前で構えたナイン君はそのまま私に一礼した。「この世界での忠誠を表す挨拶です」「忠誠!?」そんな大層なものを求めたわけではなかったのだけど……「ありがとう、ナイン君」気持ちが嬉しいから素直にお礼を告げて、私も見よう見まねで同じように一礼した。「これで対等だね」「……え?」「ナイン君は私に忠誠を表した。私はナイン君に忠誠を表した。だったら、もう対等になろうよ」仲間なんだから。「ね、ナイン」剣を収めて手を差し出すと、頬は知らぬうちに緩んでいた。「分かりました、ナマエ」「敬語は抜けないんだね……」「性分ですので」「うん、まあ、だろうなーとは思った」握り返された手を更に握り、固く握手を交わす。


「俺はこっちな」「ひゃうい!?」いきなり手を取られ、篭手を外して晒していた手の甲に触れるだけのキスが落とされた。「な、何を…!」「俺の忠誠とでも思ってくれ。……姫にしかしたこと無いんだぞ?」兜を脱ぎ、いたずらっぽく笑うアレフの手を取った。「私は初めてなんですがねー」「おお、ラッキーじゃん俺」軽い。こんな軽い勇者でいいのか初代。…というのは冗談で、目の奥には冗談の色が感じられなかったから私も真面目に膝を落として篭手の外されたアレフの手の甲にキスを落とした。「…俺も、お前を信じてついて行くよ」

「ナマエ、剣を抜け」「…へ?」「いいから早く!」アレンとムーンに急かされて剣を抜くと、「ほら掲げて」「狭い部屋のなかで危なくないか?」「いいのいいの!アレンは気にしすぎよ」楽しそうな王女様の声に乗せられて剣を掲げると、かしゃん、と剣と杖がぶつかる音が響く。優しくやったからか音も柔らかくて、思わず微笑んだ。「俺達もナマエと共に行こう」「ええ、よろしくね」「…ありがとう。サマルトリアの王子も必ず見つけようね」頭を下げると、急げとばかりに腕を引かれる。

「……さっきはその、悪かったわ」「ゼシカ…さん」「ゼシカ、よ。――ナマエ、あなたを信じてみる」名前を覚えてくれていた事に感動し心を震わせていると、「俺も当然信じるさ。こんな可愛らしくて強そうな勇者様の言う事なのだから」調子良いな!この不良聖堂騎士め…!とりあえず、ククールも信じてくれるらしかった。(最初の弱そうって言われた事、私は絶対に忘れないからな!)手馴れたものらしく、さらりと手の甲にキスを落としてきたククールにはキスなんてもったいないから返さない。その代わりに「ひゃ!?」「これからよろしくね」笑顔でゼシカの手の甲にキスを落とす。「……あなた、勇者よりナンパ師が向いているんじゃないかしら」「ええ!?」ひどい言われよう!何それ傷つく!「ふ、ふふ」「ミレーユ笑わないでお願い!」

「私も勿論付いて行くわ。――ダークドレアムも、デスタムーアも放置しておけない」「うん、ありがとう。ミレーユがいてくれたら心強いよ」現在集合したメンバーの中では貴重な占い師ポジションだ。これでミネアもいてくれたらな、って――あれ、ソロは?「……ソロ?」彼が座っていたはずの部屋の隅に目を向けると、そこにソロはいなかった。慌てて部屋を見回すと隠れてこっそりと部屋を出ていこうとするソロが見える。「待って、ソロ!」「……」見つかった、と言わんばかりに面倒臭そうな顔をされてしまったら、次の言葉が浮かんで来ない。


「――お前の言う事が信じられないわけじゃねえ」


静かな、でも良く通るその声は結束を固めつつ盛り上がっていた部屋の空気を下げるには十分な冷たさを纏っていた。ゆっくりと、ソロの元へ歩いていく。部屋のドアのノブから手を外し、ソロが私と向かい合った。


「……何で?」
「デスピサロは……ピサロは、生き返ったロザリーと共に今は静かにロザリーヒルで暮らしているはずだ。お前の言う事は信じる。だが、それは俺達の世界には関係の無い話じゃないのか?」
「っ、でも!」
「ナマエ、俺は仲間を探さなきゃいけないんだ。―――悪いな」


がちゃり。部屋のドアが開き、ソロが廊下へと出ていってしまう。――私は、それを止められなかった。


去るもの追えずな勇者と誓い

(2013/06/11)