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その後の事を、どう説明すればいいだろ。
真っ暗闇のような宝玉は砕け散った後液体になり、遺跡の床に降り注いだかと思うと床を一瞬だけ黒く染めて、そして消え去った。
瞬きをする間に終わってしまったその光景。その後、通常サイズに戻ったブルドーガがぷるぷると首を振り、何事もなかったかのように遺跡の奥へと戻っていった。それをソロと見送ったあとの記憶が私にはない。そこで、ぷつんと途切れてしまっている。


**


※ナイン視点


ただひたすら、全力で走っていた。前を飛ぶサンディに遅れを取らぬよう、必死に。
僕が最後になったらしい。アレフもアレンも、ムーンさんも既にナマエ様が戦っているという場所に走っていったという。何故僕が一番最後なのか、ぎりりと歯を噛み締めたけど過ぎ去った時間には遡れない。間に合う事を信じて、ただひたすら飛ぶだけだった。


「でもナイン、アンタが手間取るなんてどんな魔物ヨ」
「見た目は普通の魔物でした。……額に真っ黒な玉が浮かんでいた以外は」


通路をひたすらに真っ直ぐ飛びながら、先程の事を思い出す。僕が進んだ通路で待ち構えていたのは、身覚えがあるのに見覚えが無い魔物だった。その魔物達は色さえ違えばまったく敵ではないはずだったのだが、額の黒い玉が光ったかと思うととてつもない強さを発揮したのだ。ナマエ様から剣を借りていなければどうなっていたかなんて考えたくない。


「話は後からすれば良いワ。とにかく合流ヨ!」
「分かっています!」


目の前に迫る光。通路の奥から漏れ出す光の奥から音が聞こえるかどうかなんてもうわからない。自分の心臓の音が大きすぎて、思わず剣に手を触れた。もし、ここで倒れているナマエ様の姿を見てしまった場合、僕はどうセレシア様に償えば良いのだろう?死を以て償えるのならば良いのだけど、と一瞬だけ目を閉じた。光の中へ飛び込む。





「―――ナイン君!サンディ!」

「……あ、ナマエ、様……?」


次の瞬間、衝撃。抱きついてきたのが守るべき人だったから目を瞬かせた。「ナイン君、遅いよ…」か細い声で首に手を回した彼女に戸惑った。驚きが大きすぎて抱きしめ返す事すらできない。見開いた目が捉えたのは、積み上げられた瓦礫とデイン系の魔法が散乱したような焼け跡、それに自分と同じく戸惑ったような顔のアレフとアレン、そしてムーンさん。そしてナマエ様が背中に背負っている剣と同じものを携えた見知らぬ青年。

ここまで確認したところで、触れていたぬくもりがすっと離れていくのを確認。僕にしたのよりもっと必死な抱擁を彼女はサンディに行っていた。「苦しいわヨ!」「ごめん、でも……でも!信じてたのに遅いよサンディ!ばか!」「バカですって!?……まあ、悪かったとは……思ってるわヨ」「……うん、ごめん。知ってる。アレンから聞いたよ、魔物に襲われたんでしょ?」「肝心な時に、間に合わなかったのはアタシよ」「大丈夫。ちゃんと、私ちゃんと勇者の仕事したよ」新たに出来た仲間の力を借りて、襲ってきた魔物を自らの手で倒したのだと―――笑顔でギャル妖精に報告する彼女に、普段は厳しい態度のサンディも少し頬を緩めているのを見てしまう。その証拠にほら、小さな手が勇者としての初めての功績を称えてか、彼女の頭を優しく撫でている。


「じゃ、詳しい話を聞かせなさいヨ。あとアイツ――」
「アイツとか言わない!彼は勇者の一人なんだから」
「マジで!?……へー、良く見たら結構イケメンじゃん?やるわね」
「何が、って言いたいけど否定はしないかな。ソロ……ううん、勇者ってすっごくかっこいい」
「何があったのか知らないけど、アンタ素直ね」


機嫌の良いナマエ様の言葉を聞いて、心にどさりと突き刺さったこの痛みはなんなのだろうか。


**


崩れ落ちた瓦礫の上にそれぞれ座り込み、まずは情報を交換しあった。緑髪の静かな青年はソロと名乗り、ナマエ様曰く『天空の勇者』だという。

セレシア様が言っていた事をふと思い出した。『中心に立つは異世界の勇者。周囲に集うは世界の勇者。それらを支える勇気ある者達』ナマエ様は、その中心なのだと。言わば僕たちの核となるのだろう。そんな強さはまだ片鱗すら見えないけど、徐々に成長してくださるはずだ。


「――決まったの!……って、ナイン君聞いてた?」
「へ?あ、ああ…すみません。考えごとを」
「いやね、ギガブレイク!私ギガブレイク出来たの!」
「は?」
「…アンタ頭打った?」
「あっサンディひどい」


嘘じゃないんだって!と主張するナマエ様。へ?あー…僕がセレシア様の言葉を主出しているうちにナマエ様は何を話していたのだろうか?流れとしてはここに辿り付き、この遺跡の主である魔物が豹変していて…ソロと共闘したという話だったはずだ。「え?」トドメを刺したのはこっちの彼ではないのか?スライムにすら攻撃の当たらないナマエ様が、この……デイン系の焼け跡を遺跡に刻んだというのだろうか。


「しょうがないなあ、もう一回話すよ?……ブルドーガを正面にして、本当はすごく怖かったんだけど……首根っこ引っ掴まれて天空の剣握って、ソロと話してたらからかな?なんだか不思議なエネルギーみたいなのが体の中に生まれて、ギガデインが直接体から腕を伝って剣に注がれるような気がしたの。気がついたらギガブレイクできてた」
「はあ!?な、納得しろってのそれ?!」
「気がついたらでギガブレイク出来るんなら苦労しねえよ!?」


サンディと共にアレフが突っ込んだ。アレンとムーンは顔を見合わせ疑い顔だ。多分僕も。唯一静かに目を閉じているのはソロで、――そうだ、彼は直接見ていたんだよな?


「ソロ、本当なんですか?」
「…ナインだっけ。俺の目がイカレてたんじゃなけりゃ、あれはギガブレイクだ」


放出されたのもギガデインと同等のデイン系エネルギーだった、とソロが呟く。信じられない。まさか、そんな。確かにナマエ様の潜在エネルギーは本当の体の持ち主である天使のせいで相当なものだという事は理解している。しかし、そんなに都合の良い場面でいきなりギガブレイク?……冗談じゃ、ない。
そう思ったのは僕だけではなかったらしい。視界にうつるアレフが剣を持って立ち上がるのが見えた。つかつかと歩き、ナマエ様に歩み寄るアレン。


「ナマエ、――証明してみせてくれ」
「分かった」


こくりと頷いて、アレンとナマエ様の距離がひらく。剣を真正面に構えたアレンに対し、ナマエ様は剣を持ってはいるけどだらりと垂れ下がらせている。本当にギガブレイクを打てたのか?僕がナマエ様を一番に信じなければいけないはずなのに、自分の目で見た彼女の実力と聞いた話が一致しないため脳内は少し混乱していた。最初に見た彼女の実力、あれは嘘偽りのないものだったと僕は断言出来る。伊達に天使をやっているわけではないのだ。人の隠しているものを見抜く力は通常の人間よりも遥かに上だと自負している。

視線を戻す。ナマエ様は目を閉じていた。パチパチ、と微かに響き始めるデイン系独特の呪文発動時の音が耳に届いた。目を見開き、その姿に見入る。音は次第にバチバチバチ、といった激しい物へと変動していった。――それは、まごう事無きギガデイン。空から降り注ぐ雷ではないが、確かに発動されたのはギガデインだった。奪われていく周囲の光。輝くその剣に息を呑む。


―――が、次の瞬間。


「――――っ、あれ?」
「……へ?」
「な、なんだ?どうした?」


ナマエ様が間抜けな声を発すると同時に刀身から光が消え去った。思わず自分の口から戸惑いの声が漏れる。ナマエ様に駆け寄ったのはアレンで、ナマエ様は心底不思議そうな顔で天空の剣とやらをぶんぶんと振り回し始めた。あ、あれ?確かに先程見えたのはギガデインだった……はず、ですよね?


「どうしたんだ?」
「そ、ソロ!私確かにブルドーガの額の真っ黒な玉をギガブレイクで砕いたよね!?」
「あ、ああ……」

「ギガブレイク、できなくなっちゃった……みたい?」


は、と息を吐きだしたまま口を閉じないソロの隣で、僕は少し頭を抱えた。うん、訳が分からない。


最弱系に逆戻り?


(2013/06/02)