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「"ギガブレイク"!」


自分の体から生まれるエネルギーを剣に注ぎ込むイメージを頭に浮かべるだけで、"それ"は何度でも体現出来た。気力がどんどん削り取られていく気がしたけれど、それに構っている暇がない。擦り傷がどんどん増えて血が滲むけど、痛いと嘆いている場合ではないのだ。


「っ、ナイン君……!アレフ、アレン、ムーン!……サンディっ」


早く来て、と掠れた声が自分の口から音にならないまま漏れて、落ちる瓦礫の音にかき消されて消えた。「今だ!」剣を突進してきたブルドーガの横腹をめがけて思いっきり振るう。ギガデインを纏った斬撃がブルドーガを直撃する。直後、ソロによってひらりと私の体は空中に浮かび、着実にダメージを積み重ねているブルドーガの怒りの一撃は私にかする事なく、代わりに衝突した壁から伝わった振動が再び遺跡を崩し始めた。


「……今ので何発目だ」
「っ、あ……5発目、かな……結構ダメージになってない、みたい」


浅い呼吸で喉が苦しい。着実に、ブルドーガ以上に戦った事のない私は疲労とダメージを積み重ねているのだ。抱きかかえられたこの時だけ、人に体重を預けられるという事実がどれほど安心出来るのか実感する。「まだ行けるのか」「行かなきゃ、でしょう」「……分かった」ソロが私の頭上に手をかざす。残り少ない魔法力を振り絞って、ソロは私にベホマをかけてくれた。傷はそのままに、活力を求めて疲労だけを回復してもらう。その方が時間を消費しないし、第一にソロだっていつまでも空中に浮かんでいられるわけじゃない。


「剣道、やってれば良かったな」
「………お前、剣を習っていないのか」
「習ってるように見えたんならそりゃ儲けモンだ……剣を握るのなんて、これで二回目だよ」


こういう時に生まれる余裕は何と呼べば良いのだろう。負ければきっと死んでしまうのに、こんな時ばかり口元は緩んでしまうのだ。「そろそろブルドーガもツノが抜けて起き上がってくるよ」「………ああ」歯切れの悪いソロと一緒に再び地面に降り立った。一緒に戦えれば良いのだろうけど、何せ戦闘についてはお互いの事なんてまったく分からないのだ。それにソロはかなり消耗しているし、そんな中得体の知れない力を得てしまった私と戦うなんて嫌な予感しかしない。間違いなく私は戦闘慣れしたソロの足を引っ張ってしまうだろう。だからソロの指示に従って剣を振るうのが一番最善の策だ、と結論づけてしまったんだけど……


「!」


ここで気がついた。「グルルルルルル……」低い声で唸り、人間に翻弄されるブルドーガの怒りの声は私の耳には届かない。届くのは自分の心臓のばくばくと鳴り響く大きな音だけ。目が一点に集中し、興奮で頬が染まるのが分かった。

―――ブルドーガの額に浮かび上がっている、闇のように深い黒色の宝玉。


「……あれだ」


どうして今まで気がつかなかったのかと言われてしまうだろうが、リアルな戦いはターン制ではないから余裕も無いのだ。考える間も無く動く事だけが求められる。加えてブルドーガの体は茶色ではなく黒色に染まっていたからその宝玉と同化していて気がつきにくかったというのがある。今、少しだけ生まれた余裕と真正面からブルドーガと向き合った事により気がついたそれ。


勝てる


「ソロ、きついかもしれないけどもう一度剣を取ってくれる?」
「何をすればいい?」
「囮になって欲しいの」


勝利を確信した私の顔を覗き込むようにしたソロに指差して見せた。酷使して本当にごめん。でも、……こんなところで死ぬわけにはいかない!ブルドーガの額できらりと明かりに反射して輝くその禍々しい色。今までは体に打ち込んでいた斬撃を―――あの宝玉に叩き込めばどうなるだろう?


「私の記憶さえ正しければ、ブルドーガにあんなものは付いていない」
「……もうギガスラッシュは一撃分しか無ェからな」
「ねえ、こういう時に聞く事じゃないんだけどさ」


どうして出会ったばかりの怪しい女の言うことを聞いてくれるんだろう。「どうして信じてくれたの?」勇者はそれで、自分に危険があると思わないのだろうか。ベホマだって――私を警戒しているのなら手助けなんてきっとしてくれない。でも信頼を得るには余りにも短い時間だったから、私の方が戸惑ってしまっていた。そんな私を見てソロは一瞬きょとんとして、それから少し頭上を仰いだ。


「――――俺は、"勇者"だから」


その言葉は、すっと私の心に染み渡った。
シンプル過ぎるその回答は、きっと彼が長い旅の末に得たものなのだろう。何故だか涙が溢れそうになって、必死でそれを堪えた。ああ、そうか。私だって仮にも"勇者"だからこんなに――――そうか、勇者なら人を信じるのは当然なんだね。自分の信じるものを守るために戦うんだから。なんだ、私の方がソロの事を信じていなかったんじゃないか。偉そうに何を言っていたんだろう。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。


「来るぞ!」
「分かってる!」


後できちんとお礼と―――それから謝ろうと決意を固めて全力で走る。ライデインで挑発し、剣を構えたソロにブルドーガが突進していく。

―――衝突。

ばちばちと衝突した中心から雷が放出され、ライデインのエネルギーが空中に霧散した。ブルドーガの全身での一撃を剣で受け止めたソロの顔は苦痛に歪んでいて、思わず叫びそうになって―――「っ、」今私が叫んでどうする!?隙を作り出すどころかまたソロに負担をかける事になる。

信じなきゃ。ソロが、勇者が、隙を作り出してくれると。私に出来るのは剣を構えてエネルギーを注ぎ込むだけだ。積み重なった、それなりに高さのある瓦礫の上を駆け上りながら剣を握る手に力を込めた。最大限、出来る限りの力を全て振り絞る。手に熱が伝わり、そこから天空の剣にエネルギーが注がれていく。―――どくん、と血液が流れる音が一際大きく感じ取れた。緊張は無い。外したら、という不安も無い。何故か体中は絶対の自信に溢れていた。今なら何でも出来ると心の中で吠える声。不安で体中が硬直しないのはきっと、信じているから。

私は外さない。助けは必ず来てくれる。―――ブルドーガを、開放してあげられる!


「ナマエ――――――っ!」


力でブルドーガを制したソロの叫び声に反応して、体は自然と動いていた。


「グオオオオオオオオオオオ!!!」


唸り声を上げるブルドーガが、力に圧されて後退した。助走をつけようと振り返るブルドーガの目が私を捉えて怒りに染まる。積み重ねられた瓦礫の上から飛び、壁を蹴る。「ごめんね」少し痛いかもしれないけど、成功すればきっとあなたはまた元の静かな生活に戻れるから。


「ナマエッ!お前の剣、構えは悪くない!問題は剣の握り方だ!」
「握り、かた!?」
「今の握り方だと剣の平を叩きつける事になる!自分の正面に剣の平を持って来るな!」
「分かった!」


空中で剣をくるりと持ち替え、体重に任せてブルドーガの額に狙いを定める。


「――――くらえ!」


振り下ろした剣は、ブルドーガの額に浮かび上がっていた黒い宝玉を打ち砕いた。



ここが勇者のスタートライン

(2013/05/26)

第一章、これにて終了です。