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「いらっしゃいま―――何だ、ナマエかよ」


マロンと別れ、本気でやばい事を悟りながら宿屋のドアを開けると普段着にエプロン姿のニードが顔を表した。引きつった営業スマイルが一瞬で普段のガキ大将顔に変わる。
これでも宿屋の主としての一応の責任感はあるらしく、ニードは箒を握っていた。しかし掃除の仕方は完全に間違えている。ゴミがより散らばってるぞこれ。
一晩泊めて、と言おうとしたがなんとなくここで眠りたくない。意図的にこの宿屋は使わないで毎日エルシオンに通ってたんだよなあ私……


「何しに来たんだよ」
「一晩泊めて貰おうかと思ったんだけど、やっぱリッカの自宅に寝かせて貰う」
「はァ!?おま、泊まっていけよ!四人分ぐらいは―――……あれ?そいつ誰?」


いつもの仲間はどうしたんだよ、とニードに問われて返答に詰まる。ペラペラと事情を話すわけにはいかないだろう。
心なしかニードのナイン君を見る目は少し厳しい。あっ、何だろうこのデジャウ感


「……初めまして、ナインと申します」
「ナマエとどういう関係なんだ?」
「仲間に決まってるじゃない!ああもう、泊まるから余計な事は気にしない!」


というか何で私とナイン君の関係を気にするんだこの元ニート!今みんなとは別行動中なの、というと渋々ニードは引き下がった。
なんだろう。一番最初に主人公がニードに詰め寄られてるシーンを思い出した。こんな感じだったんだね…
カウンターに代金を二人分置き、部屋に案内される。案の定部屋はかなり酷いがもうしょうがないだろう。


「じゃあナイン君、手分けして情報収集に行こうか」
「そうですね、じゃあサンディはどちらと行きます?」
「アタシはアタシで別行動するっての!」
「えー…?私、サンディと一緒がいいなー…?」
「……サンディ、僕もナマエ様と一緒の方が良いかと思いますよ?魔物が出ないとも限りませんし」
「サンディお願いっ!一緒に来、」
「わーった!わーったわヨ!だからその顔やめて欲しいんですケド!?ああもう、何でアタシがアンタなんかと…」


ぶつぶつと呟くサンディの横で静かにナイン君とハイタッチを交わす。正に計画通り。
ツンデレ妖精の扱い方にだんだん慣れて来た私達なのだった。


**


「……ナイン君、情報掴めた?」
「いいえ、まったく掴めませんでした」
「………やっぱウォルロみたいな田舎じゃ駄目ヨ」


はあ、と三人揃って溜息。
犬に追いかけられたり滝壺に落ちたり馬の糞を踏んだりしながらも、必死で聞いて回るというのに勇者の情報は一つもない。
私なんて手持ちの衣装をかき集めて「こんな格好した人」と再現までして見せたというのに何の反応も無し。コスプレ損だよこんなの
まったく良い事の一つでも無いのだろうか。スライムには馬鹿にされるし勇者の手がかりは結局見つからないし。滝を見上げて再びがっくりと肩を落とす。


「……一応、遺跡の方にも行ってみる?」
「「遺跡?」」
「この近くにはキサゴナ遺跡って古い遺跡があるんだ。サンディは知らなくても無理ないよ」


サンディと出会うのは遺跡のボスを倒した後だから知らなくて当然だろう。遺跡には人の出入りなんてほとんど無かったはずだ。
だからこそ誰かが迷い込んでも気がつかない事が多い―――んじゃないだろうか?
遺跡は確か、セントシュタインとの峠に続く道を下に行けばたどり着くはずだ。
ついでに途中、せめてスライムぐらいには勝てるようにスライムと戦おう。うんそうしよう。スライムにすら勝てないなんて盾にしかなれないじゃないか。
立ち上がる。座り込んでいたので服に土が少しばかり付着していた。ぱんぱん、と手でそれを払う。


「そうと決まれば早速出かけ―――……ッ!?」
「――地震!?」


ナマエ様!とナイン君の声が飛んで私の方に手が伸ばされる。反射的にその手を掴もうと手を伸ばした。
しかし手は空を切っただけ。背中から滝壺に落ちていく自分の体と周囲の光景が、やけにゆっくりと動いて見えた。
周囲の光景が一瞬で青色のベールに包まれた事により、水の中に落ちたのかと思い至る。その前に手は水面へと伸びていた。
鼻から、思わず酸素を求めて開いた口から一瞬で流れ込んでくる水。手さえ差し出せばナイン君がその手を掴んでくれる、……はずだったのに。


「……あ、っ」


がつん!と頭に何かがぶつかる音。同時に声と酸素が全て水中に消える。力が抜け、水面ぎりぎりまで届いていた手が体の横に戻ってくる。
意識は既に消えかけていた。自分の体が流されているのが分かる。―――ああ、


「なさけ、な……いや」


目を閉じた。そうすれば、そのまま真っ暗闇へと流されていくだけだ。



暗転



(2013/04/13)