08


――差し出された水晶玉。

この際どこから出したの、なんてどうでもいい。重要なのは中身。閉じ込められた四人の少女は目を閉じぴくりとも動かない。そして、私はその全員に身覚えがあって、


「……ナマエ、っ!?」


私の名前を叫んだサンディの声が、どこか遠くで響くような気がした。…違う、今呼ばれたのは私の名前じゃない。閉じ込められているこの子の名前をサンディは今、呼んだのだ。…私と同じ名前を持つ、私の分身。私の名前を持って、この世界を自由気ままに駆け回った女の子。


「……お姉ちゃん、これはどういう事?」
「残っていた力全てを使っても、四人をこの状態までにしか復活させられなかった」
「………ねえナマエは!ナマエはどうして眠ってるのヨ!」
「サンディ、あなたは見ていたのでしょう?"こちら"のナマエ以外の仲間が全員、紫色の光に包まれたところを」
「……見たワ。でもナマエは消えなかった」
「それはサンディ、あなたもあの光に包まれたからよ」
「へ……?」
「"自分が異常な事態に陥っている事すら知らせずに消す"。それがあなた達を襲った現実です」
「……アタシ、…アタシはなんとも」
「ナマエは元々天使でした。イザヤールが見込んだだけあって、彼女には隠された力が残っていたのです。――それがサンディ、あなたをも守ったのですよ」
「そん、な……」


へなへな、とサンディが空中を浮かぶのをやめて床にぽとんと落ちた。声にならない声が彼女の口から漏れた。ナマエ、と。確かにその口は私を求め、啼いていた。なんで、だとかどうして、だとか。上手く聞き取れなかったけれど心をきりきりと痛めつけられるそれに心臓を締め付けられる感覚を覚える。――残酷な女神様の顔は、見上げられない。


「ナマエは普通の人間ではない。恐らく光を浴びても本当にぎりぎり生きていたのでしょう」
「…っ、あ……っ!」
「けれどもナマエはサンディの分まで引き受けてしまったのです。流石に耐え切れず彼女の体は消滅した。でもこの世界にナマエ欠かせない存在なのです。だから、」


貴方を呼んだのです、と小さな消えるようなセレシア様の声は私に向けられたものなのだろう。――ぽたぽた、と何かが落ちる音。小さく嗚咽を漏らしながらサンディの目から溢れる涙を見て、再び私の胸が締め付けられた。サンディは親友を失って、その親友を取り戻すことの出来る唯一の手段を目の前にして、……その唯一の手段である私は、彼女の親友を助けることを拒んでいる。

でも、だとか、私が、だとか。手を伸ばしてあげたくて、でも伸ばす義理は私にはない。それでも彼女の絶望を誰が一番分かってやれるのだろうかと問えば、それは私以外に存在しないのだ。"ナマエ"は、サンディを好きだった。私もだ。
ナマエが直接サンディと話す事は出来なかったけれど、"ナマエ"とサンディがずっと一緒に旅をしてきて……深い友情で繋がった事を知っている。見た目は派手だけれど、夢に向かって一生懸命だったサンディを知っている。刺があるけれども本当は優しいサンディを、主人公が好きだったという事も知っているのだ。

そんな大事な友達が消滅してしまう、と悟った時に自らの身を"ナマエ"は犠牲にしてでもサンディを守りたいと思ったのだろう。


(ねえ、ナマエ)


私自身はあなたたちの友情に本来は干渉出来ないし、入り込めないはずだった。それなのに目の前のあなたは死んだように眠るだけ。あなたが守ったあなたの友達は、涙を流して悲しむだけ。笑顔のサンディに、あなたは二度と会えないのかもしれない。


(元に、戻したい)


私が好きなのは笑顔のあなたと笑顔のサンディなんだよ。…直接会ったのなんて初めてなのにね。どうしてこんなに胸が苦しいんだろう。すごく、すごく好きだっからかなあ…この世界も、可愛らしい相棒も。
私は、今ここに立っているナマエは目の前で涙を流す、小さな妖精に笑顔を取り戻して欲しい。サンディは笑っているのが一番かわいい。よく知っているのだ。
第一に力を封じられていると言ったセレシア様がきちんと私を元の世界に戻せるのかすらあやふやなんだから、きっとやらされる。勇者は冒険に出なきゃいけない。大丈夫。さっきまでの話を統合すると他の世界から勇者達が集ってくれるんでしょ?私はレベルマックスなんでしょ?


「――やってやる」
「…………あ、え?」


サンディが振り返った。目は涙でぐしゃぐしゃで、普段ばっちりなメイクは崩れかかっている。


「どうすれば私の仲間と、この世界の私を取り返せるの?」
「…………本気、ですか?」
「やらないと元の世界に帰れないんでしょ?それに何より」


サンディの泣くところなんて見たくないよ、と呟いて彼女の頭を撫でた。拒否はされなかった。



覚悟を決めて


(2013/04/05)

まあヒロインはサンディなんですよね