07


「ち、力を封じられ…っ!?」


信じられない発言だった。各世界を支える存在なのに、手を出せないどころか力を封じられている?そんなにも恐ろしい力が?神様を封じるなんて……いや、魔王ならやり遂げられる。それを倒すのが勇者の役目で……あれ?じゃあどうして、私はここに?私は勇者でもなんでもないのに。


「この世界には今、貴方の世界で言う"主人公"が欠けているのです」
「……あ」


ああ、"ナマエ"も一瞬でやられてしまったのだっけ。手始めにやられてしまった、この世界の主人公。…世界の格とも言える存在が消え去ってしまったら、この世界はどうなるのだろう。崩壊してしまうのだろうか。機能の全てが停止してしまうのだろうか。
世界が再び危機に見舞われても、立ち向かう主人公がいないのだからどうなるのだろう?

――そこまで考えて思い至った。ああ成る程、主人公を操っていた本当の主人公は今ここに居る、というわけなのか。


「私は主人公がいなくなってしまったこの世界を埋めるために、ここに連れて来られたんですか」
「……話の理解が恐ろしい程に早いですね」
「はは、当たってたんだ。――じゃあどうして私が?」


少し困ったようなルビス様の声に振り向いて、静かに問いかけた。――そう、どうして私が選ばれたんだろう?私なんかよりもっと強いゲームデータを持つ人なんてそれこそ星の数ほどいるんじゃないかというぐらいなのに。
廃人さんを連れて来い廃人さんを、と小さく呟くとセレシア様は首を横に振った。


「適応しないのです」
「…適応?」
「この世界に来る為の条件として、強靭な精神力と体力が必要になります。それもあなたの世界での基準ではなくこちらの世界に来た時に」


二つの世界で生きていく事が出来る人間なんてめったに存在しない、とセレシア様は言う。


「――じゃあ、私は」
「二つの世界に存在出来る、貴方が私達に唯一残された最後の希望。どうかお願いです」


――ルビス様が、ラーミアが、マスタードラゴンが、神さまが私を囲む。


『私達の最後の力を貴方に捧げます』
「各世界の勇者たちは皆、じきにこの世界にやってくるだろう」
「それらを導き魔王共を討ち果たしておくれ、ナマエよ」


そんな、いきなり言われても―――…きっと多分、ゲーム画面ならば『▼はい いいえ』のコマンドが飛び出ていることだろう。『いいえ』を選んだとしても強制的に冒険は始まる。そして勇者は力強く頷いて、はい、を選択するのだ。それがこの世界の当たり前。
けれども私は勇者ではなくて、至って普通の生活を送ってきた一般人なのだ。即座にはい、を選べるほどの度胸は持ち合わせていない。…無理だ。そもそもどうして私?女の子だよ?戦ったことなんて一度もないのに!


「――迷っておられますか」
「当然でしょう!?そんな、いきなり!」


もしこの世界で死んでしまった時、現実の私はどうなってしまうのか。何より私がこの世界を救うべき理由も、義務もなにもない。あけすけにいえば義理だってない。
――帰りたい、それが本音だ。何も見なかったことにして、全部夢だと思い込んで帰りたい。死にたくないし、怪我もしたくない。する義理を持ち合わせていない。


「私達の勝手な都合だと言う事は分かっています!でも、貴方しか――!」
「元の世界に帰らせてください」
「………っ」
「私を連れてきたんだから、それぐらい出来るでしょう!?」
「……出来ます、が」
「私はただの一般人です。非凡な才能に恵まれてるわけじゃない。主人公になんてなれない!」
「……………」


無理難題を唐突に押し付けられて、私のようにならない人間がいるのならば見てみたい。
どうして勇者に選ばれた主人公達は『世界を救え』なんて言われてその為に行動出来るのだろう?自分の命も顧みずに人に命を捧げられる――いきなりそんな。無理に決まっているのだ。
黙り込んだセレシア様は悲しそうだけど、こっちだって混乱している。目が覚めたら見知らぬ場所。不安にならないはずがないのに。
マスタードラゴンが低く唸る声が聞こえた。微かに自分の喉も、呼応するように震えていた。帰りたい。死にたくない。怪我なんてしたくない。だってやれるはずがないからだ。――あんな恐ろしいものに立ち向かうなんて、無理なのに!…無理なのに、セレシア様が私の腕を掴む。掴んで、泣きそうな顔をする。


「お願いです、ナマエっ」
「名前を呼ばないで!」
「―――これを!これを、見てください!」
「何も見たくない!」
「お願い、ですからッ!」


がくがくと揺さぶられた。女神様がこんな行動を取るなんて知らなかった。彼女は確かに感情的で、同時に私も感情に突き動かされるままに動いた。腕はその美しい体を突き飛ばし、自らの体を守るように抱きすくめる。…それでもセレシア様は、めげない。


「―――っ!」
「私だって、私だって貴方を元の世界に戻せるのなら戻して差し上げたい!でも、」


お願いです、と再び頭を下げた彼女が何かを差し出した。それは透明な球体で、彼女は見せつけるように私にそれを突きつける。それは何かを閉じ込めた水晶だった。水晶には、―――自分の分身と、その仲間達が目を閉じた状態で閉じ込められていた。




眠っているの?




(2013/04/03)