06


「あ、頭を上げてください!」
「いいえ、上げられません。……私にもっと力があれば貴方を巻き込まずに済んだというのに」
「……巻き込むって、やっぱりこの状況のことですか」


確信を混ぜて問いかけると、静かにセレシア様の頭がゆっくりと上がっていく。黙って静かに頷いた彼女の目からは―……悔しさだとか、やるせなさだとか、そういうものがひしひしと感じられた。どことなく不安を煽られて、山ほどあった聞きたい事を全部忘れてしまったみたいだった。嫌な予感だけが脳裏をかすめる。思わず横を見るとサンディと目が合う。

――戸惑いの目。不安や、理解できない状況に困惑しているのは私だけではない。


「教えてください。……私はどうやれば元の世界に帰れるんですか?」
「ナマエ、あなたには話さなければいけない事がたくさんあります。――けれども先にこれを見てください」


え、スルーされた?なんて考える余裕も無く私の体に金色の光が降り注いだ。ふわりと優しすぎるぐらいの感覚に包まれる。驚き過ぎた人間は声なんて出せないんだとここで実感する。ジェットコースターで味わうようなあの浮遊感とはもっと別の、頼りないそれ。空に浮かんだ私の体に、ゆっくりとセレシア様の白い腕が伸びた。なんですかこれ、と問いかけようとした瞬間に指が私の肌に触れて――…


「―――!」


視界が、真っ白な光に覆い尽くされた。


**


―――切り離される世界と、崩れていくバランス
繋がっていたはずの、終わったはずの、平和に満ちていた世界が崩壊へと向かう。


―――復活する、世界をこの手にと望む者
崩れ出した時感の狭間。音も無く現れたのは闇の力を増幅させる、意思を持つオーブ。
"魔神"ダークドレアムの手に渡ったそれは、魔神の意思を支配し力を蓄えた。
時が満ち足りた瞬間、宝玉は本来の力を解放する。
様々な時間に干渉を行い、勇者達に討ち果たされて朽ち果てる前の魔王達に再び力を与えた。それぞれの世界から消え去ったその体を自分の元へと運んだ。
眠りについた魔王達に長い時間をかけて、そのオーブは力を与え続けた。蓄えた力を少しずつ、休むこと無くただひたすらに。


――――とうとう、魔王達は目覚めてしまう。


宝玉が魔王達を眠りにつかせていたのはセレシアが統治する守り人の世界。そして、眠っていた魔王達を目覚めさせたのは羽を無くした天使のひとり。
彼女は仲間を引き連れ、各地の魔王を自らの世界で討ち果たした。そう、……全ての魔王を。それにより目覚めてしまった全ての魔王は宝玉の元に集う。時空を超えて集った力は恐ろしいまでに膨れ上がったのだ。

―――そして、


**



ぱちり。
目を開ける。私は地面に足をつけていた。心配そうなサンディの顔が一番最初に飛び込んでくる。思わず目を逸らして俯いた。胸に手をやると心臓はばくばくと恐ろしいまでに鳴り響いている。
あああああああ!!と大声で叫んでいた気がして……違う、大声で叫び出したい気分だ。
崩れてゆく大地。闇よりも深い黒色のオーブ。魔神ダークドレアムを乗っ取ったそれ。
凄まじい力の集結の生贄となってしまったのは、―――紛れも無く私の分身だ。


「そして、魔王達は最初に思いついたのです。自らを目覚めさせてくれた人間に、礼のひとつでもくれてやろうと」
『私達が気がつかなかった事が不思議な程の、巨大な力がこの世界に満ち溢れました』
「あまりにも強大な力だったのだ。それでいて、巧妙に隠されていた……異世界の人間よ、本当に申し訳ないと思っている」
「しかし、もうわしらの力はあの者達には及ばんのじゃ……既にかなり奪われてしまった上に封印されてしまったからの」


―――声が出ない。

シャツの胸元を引きちぎれんばかりに掴んでいた手の力が緩む。顔を上げると、まるで信じられない顔ぶれが目の前に並んでいるのだ。


「精霊ルビス様、神鳥ラーミア、マスタードラゴン、神さま……?」


――――各地で崇められる、聖なる存在がここに集結していた。
アレフガルドを創造した精霊ルビスは目を閉じ、神鳥ラーミアは少し俯いて。
天空の城を統治するマスタードラゴンは苦々しげに。
全ての世界と生き物を創造したとされる神さまは、穏やかなその笑顔を見せてすらくれない。


「ナマエ」


圧倒と驚きでどうしていいのか分からなくなった私に呼びかける声。
肩に、そっと乗せられた手。――振り返ると羽衣を揺らすセレシア様が私に触れていた。美しい唇がゆっくりと動く。


「私達は、暗黒のオーブに力をほぼ封じられてしまっているのです」


―――恐ろしい事実を、私に伝えるために。



女神様と、そして



(2013/04/01)

中学二年生感