05


ギイィィィィィ……と大きな音を立てて、ゆっくりと列車が停止する。神の国に着いたぞ、と車両と車両を繋ぐドアを開けてアギロが告げたのでサンディに続いて私は心地良い揺れの列車を降りた。CGにしてはリアリティのある、そのくせ現実味のない空間。どこまでも広がる美しい空の上に浮かび上がった宮殿は、声を失うほどに美しかった。光の階段に足を乗せると誰もいない静寂の空間に音が響く。
天の方舟の窓からここで待っている、と告げたアギロに手を振ったあと、迷いなく進んでいくサンディの後を追いかけた。神の国はゲーム画面で見るよりもっとずっと大きくて広く、サンディがいなければ確実に迷子だ。


「………こっちヨ」
「うん」


疲れた、なんて泣き言はこぼさない。虹の橋を乗り越え光の階段を上る。空中を飛べるサンディが羨ましいと思わなくもないけれど、冗談を言える雰囲気でもないので口は閉じられたままとなった。…冗談。今のサンディは、私の冗談を冗談としない気がする。

結局、私の話は彼女に『冗談だ』で片付けられてしまった。それから今まで一言も喋ってくれなかったサンディ。多分彼女はセレシア様がその言葉を否定するのを期待しているのだろう。

――異世界から来た人間が一日前まで一緒に旅をしていた友人の体に入っているなんて。

結局、これは成り代わりであろうと私は自分の中で結論を出した。分からないのはその理由だ。私は普段通りにベッドに入って眠りについただけ。…死んではいない。……はずだ。トリップに近い成り代わりなのか、もしくは向こうの世界で私は眠ったままなのか。でもそれなら私はどうして主人公の立ち位置でトリップしてきたんだろう。そしてそれが第三者に知られている違和感。私の知らない、私のことを知っている世界。


**


階段を上りきり、これまた広い宮殿の階段を駆け上がって辿りついた部屋は明らかに雰囲気そのものが違う気がした。神聖な空気と優しい緑の香りが漂う部屋。自然と心が落ち着くような、同時に脳が震えるような…サンディの後ろに付いて、広い部屋の中央へと向かう。優しい光が零れ落ちるかのように緑色に降り注いでいて、とても幻想的で美しいその空間。

――そこに、女神さまは佇んでいた。

閉じていた目をゆっくりと開いて、目の前に歩いてきた私とサンディを交互に見比べる。
優しい笑顔を絶やさない、その神々しい姿。神様なんて信じていなかった私でも、目の前に佇むその存在の神秘的美しさには思わず祈りを捧げてしまいそうだった。――完璧な形の唇がゆっくりと動く。彼女の一つ一つの動作に息を呑んだ。


「待っていましたよ、サンディ。……そして初めまして、ナマエ」
「……セレシア、様?」
「ええ、その通りです」


優美に微笑むその笑顔は女神の名に一切恥じぬ、美しいという言葉でさえ霞んでしまいそうなほど。煌く金髪と頭に抱いた月桂樹の冠は、ステンドグラスから入ってくる光に反射してきらきらと光り、羽衣は優しい風になびいている。気圧されてしまいそうなほど美しい彼女の姿に見惚れて言葉も出ない。…そんな私の前で、


「まず貴方には謝らねばなりません。――本当に、申し訳ありません」


女神さまはいきなり頭を下げたのだ。


「………へ?」
「………なん、で?」


この世界の女神様が、人間に頭を下げている。

信じられない光景に絶句しているのは私だけではなかった。サンディが途切れつつも疑問の声をセレシア様に投げかける。
それでも彼女は垂れた頭を上げてはくれない。そしてよく見るとセレシア様はその真っ白な指が真っ赤になるほど、強く拳を握りしめていたのだった。



対面




(2013/04/01)