ちぇっくいん


かたんかたん、と。音を立てながら揺れる風景は、すぐに流れていってしまう。

剣城は私に少しだけ体重を預けて、小さく寝息を立てていた。多分、寝るつもりは無かったんだろうと思う。俯いた剣城の寝顔は年相応の可愛らしいもので、思わず口元が緩んでしまった。触れているところが暖かくて、優しい気持ちになりながら私は外の風景を見やる。

数時間ほど電車で走れば、そこはもう都会の香りを感じさせない穏やかな風景の広がる場所だった。柔らかな緑色が、風に揺れている。少し傾いた日差しがぽかぽかと、眠気を誘うように私と剣城を包んでいた。剣城が睡魔に負けてしまうのもしょうがない。あ、でもそろそろ剣城を起こさなきゃまずいかな。


「ほーら、京介くーん。そろそろ起きて」
「………は…?」
「次の駅で降りるんでしょ?もうすぐ着くみたいだよ」
「…え、俺、寝て」


ぱちぱち、と瞬きをする剣城の様子がおかしくて、思わず笑いが込み上げてきた。「っ、ふふ」「お、起こしてくださいよ名前さん…!」ほんの少し、頬を赤らめた剣城にごめんごめん、と謝っているとアナウンスが流れてきて、私達の目的の駅に停車することを告げた。


**


「………おおお」
「写真に載ってたのは秋でしたけど、夏もいいですね。涼しそうだ」


少し古い町並みに違和感無く溶け込む、和風の旅館。

思わず感嘆の声を上げると、剣城も少しだけ微笑んだ。「あ、剣城!」「なんですか」「ほら、池!綺麗な鯉が跳ねてる」「…はいはい」そんなに興奮しなくても、と肩をすくめる剣城は私の分のトランクも引いてくれている。

この間のテスト。苦手教科で、見事平均点を確保することが出来た私は剣城から旅行の詳細を聞いたのだ。一泊二日、温泉旅館に。電車を乗り継いで5時間ほど。どうしていきなりそんな話を剣城が持ってきたのかと問うと、剣城のお母さんが買い物帰りに商店街の福引で特賞だったこの温泉旅行を当てたのだと答えられた。シニア世代の奥様方に人気の旅館なんだそうだ。

最初は剣城夫妻が息抜きの旅行に行くつもりだったらしい。しかし運の悪いことに、仕事の都合だのご近所付き合いだのでスケジュールが噛み合わなかったのだという。そこで優一さんが私のことをご両親に暴露し、結果的に剣城は私を誘うことになった。随分冷やかされたみたいだけど、それはまた別の話ということで。


「あ、剣城。先にチェックインしちゃおう」
「大丈夫、そのつもりです」



(2014/06/20)


さて、荷物を置いた後はどうしよう?

→旅館の周辺を散策してみる
→部屋でのんびり過ごす
→せっかくの温泉旅館なのだから、まずは温泉に