大嫌いになるまえに


いつだって、私には優しかったのだ。

お腹が減った、と言えば何だかんだ、太るだのなんだのと脅しつつも手料理を振舞ってくれる人だった。強くなりたいと言ったら私を強くするために一切の手を抜かなかった。でも、無理強いだけはしなかった。とても強くて優しくて、私は――理想は常に豪炎寺さんだったけれど、憧れはやっぱり不動明王だった。時々意地が悪いけど、とても優しい先輩だ。師匠と呼んだし、兄さんと親しみを込めて呼んでいた。


―――それがまあ、同い年の頃にこうもひねくれているなんて誰が予想しただろうか。


「……やだ」
「あ゛?何でもするんじゃなかったのかよ」
「その石はなんとなく、…嫌だ」


頭の中がぐるぐると回る。どう切り抜けよう、どう上手く兄さんを丸め込もう?ひねくれていると称したけれど、正直心の底から怖い。大人の彼を心底尊敬していて、信頼していただけに衝撃が大きくてそれに―――ショックが大きい。目の前でゆらゆらと揺れる紫色に確かに惹きつけられるのは分かるけれど…でも、そんなので強くなってもなにもない。

フラッシュバックしたのは自分の、血の滲むような努力だった。私が努力したことを、他の誰でもない、私が一番知っている。女だから、男じゃないから、プレイ出来ないのが嫌だったから。サッカーが好きだったから死に物狂いで特訓をしたのだ。そりゃあ確かに限界はある。化物だと言われていようが、無敵なんて存在しない。だから誰だって簡単に限界を越えられるなんてそんな都合の良い話は嫌だ。事実だろうが嘘だろうが、そんなものには頼りたくない。


「"強くなりたきゃ他人に頼るな"」
「…は?」
「そんな石で誰でも強くなれるんなら、私が努力してきた意味が無くなるよ」


与えられた力は自分のものじゃない。そんな不確かなものはいらないのだ。「……ごめんね、兄さん」腕を伸ばして振り払うと、紫色の石のペンダントが彼の指先を離れて宙に舞った。直後、小さな音が響く。ころころと床を転がった石を、何も考えずに靴先で踏み潰した。ぐしゅり、と小さな砂が擦れるような音が耳に残る。顔を上げると、やっぱりだった。予想通り眉間に皺を寄せた兄さんの恐ろしい顔が目の前にある。


「………っ、こいつ…!」
「俺は、こうなるだろうって少し考えてたけどね」
「てめえ!」
「名前、やっぱり君は"彼"に良く似てるよ」


嬉しくてたまらないと言いたげなヒロトの笑顔に集中する暇なんて私にはなかった。逃げるなら、間違いなく今しかない「な、」「ごめん!」。ヒロトの言葉に気を取られた兄さんの横を摺り抜けて、廊下の奥へ奥へと駆け出す。明らかにそこは空気が悪くて、ところどころにゴミが転がっていた。更には運が良いのか悪いのか……潜水艦が浮上しているようで足元がふらつく。それでもバランスは崩れない。

やがて嫌な匂いの漂う通路の先に、大きな扉が佇んでいた。異臭の元は明らかにそこだ。背後からは何人かなんて分からないけれど、走ってくる音が聞こえていた。焦るな、落ち着いてきちんと頭を回転させるの、名前。さあ、息を吸い込んで!


「ワンダバーっ!そこにいる!?」


ありったけの大声は多分、今までで一番大きな声だ。間を空けずに名前、と私を呼ぶ驚いたようなワンダバの声がしたからどきりと心臓が高鳴った。「どうしてここに!」「逃げるの!あとで謝るから、とにかく扉から離れて!」走る音はどんどん近づいてくる。周囲をさっと見渡すといくつかの空き缶が目に入った。扉にはきっと鍵がかかっているんだろう。ならばもうぶち破るしかないじゃない!


「おいで、クイーンレディア!」


叫んで、一瞬だけ目を閉じる。歴史を変えるようなことは絶対にしないから、ここでは誰も私の化身を見ていない。……一瞬だけだ、そう、一瞬だけ。久しぶりに呼び出した相棒はどこか呆れ顔に見えたけれど、空き缶を蹴る時には普段以上の力が足に入ったように思う。


**


――"あの"ジェネシスのグランが、呆けた顔でそれを見つめていた。

多分、俺はそれ以上に呆けた顔をしていたんだろうと思う。目の前で粉々になった扉と、少女の背中からふっと消えた何かの幻影のようなものは……目の錯覚だったのかもしれない。

が、ドアを壊したのは紛れもない事実なのだろう。ダストシュートの先のあのゴミ溜めの中に飛び込んでいったそいつは、あの青いクマを抱いて目の前に戻ってきた。そのまま不意打ちで蹴り込まれた空き缶を咄嗟に避けた時には、あの跳躍力で階段を登っていく名前の姿があったのだ。結局通達は間に合わず、物資補給の作業をさんざんに掻き回して不思議な女と謎のクマは地上に逃げた。すぐに探させたが、姿は見つからないままだ。

グランは酷く興味をそそられたようで、探させていたようだが恐らく見つかることはないだろう。――なんとなく、そんな気がする。粉々になったエイリア石の破片の、一番大きいものをつまみ上げて床に叩きつけた。


「……なんなんだよ、クソ!」


無償にもやもやとするのは気のせいだ。兄さん、と呼んだ声が頭から離れないのも気のせいだ。あの笑顔が、微笑みが、酷く眩しい。――あいつと俺は、どこで会ったんだ?




大嫌いになるまえに


(2014/05/04)

書いててすごく恥ずかしかったのは内緒です厨二臭やばい
チート主の楽しいところは好き勝手出来るところ。無茶しても納得出来るところ。
最近乙女ばっかりなんで物理攻撃をさせてみました。楽しいです。

あと影山の監視カメラにはしっかりと映っています。これはフラグでもなんでもないです。多分影で捜索させるだろうけど、結局出てこないし何がなんだか分からないし、結局誰にも明かされないと思います。影山だから。

次のただいま話で小旅行は終わりです。一段落の後は不動ルートを。