じわじわと囲ってみよう


「不動、何をしている」
「ちょっとした余興ですよ。…奇妙なぬいぐるみを連れた女が、サッカーしたいって言うんでね」
「……ほう」
「佐久間達に簡単にやられると思ったんですけど」


サングラスの奥の目をすうっと細めた影山サンに気がついていないふりをしながら口元を緩めた。心底楽しそうにボールをキープしたまま、文字通り踊るようにフィールドを駆け抜ける少女。そしてそれを信じられないと言わんばかりの顔で追いかけるチームメイト達。ちらりとベンチ側を振り返ると、そこでは不動に"奇妙なぬいぐるみ"と称されたワンダバが流石名前だな!と自慢げに胸を張っている。

流石、と言っているあのクマの言うことを信じるのなら、目の前の光景は現実なのだろう。あの石を使っているのかいないのか知らないが、しかし使っている佐久間達を楽しそうに翻弄する少女は確かにかなりの実力を持っていた。飛んで、跳ねて、回転して。文字通り飛び上がったかと思えば楽しそうにボールに乗ってみたり。バカにされているとでも思ったのか、血気盛んな奴らのうち数名はイライラを隠そうともしないで少女に突っ込んでいくのだ。しかし少女は危険なプレイをひらひらと躱し、DFラインでシュートのタイミングを図るなんて余裕まで見せている。


「……名前、ねえ」
「知っているのか、不動」
「いいえ、全然?聞いたことも見たことも。ただ向こうは俺の事を知ってるみたいでしたけどね」


未来から来た、なんてバカみたいなことを言い出したかと思えば即座にチームにでも加入させられる実力付き。同時に何やら、俺を慕っているかのようなことまで言っていた。「…不動」「ええ、分かってますよ。そのつもりですし、ね」まあ、利用しない手はない。石の力無しであの力を発揮出来るのなら、石を使えば更に強化出来るということになる。緩む口元が抑えられない。あの女、名前は確実に"使える"。

確信を持つことが出来たのは久しぶりと言っていいだろう。「…お、決まった」源田はシュートを捉えることが出来なかったらしい。ボールが転がるのを見届けて、ふんと鼻を鳴らした影山は踵を返した。信じられないような顔で背後のボールを振り仰ぐ源田。嬉しそうに両手を上げて駆け出し、フィールドから出て無邪気にベンチのクマに駆け寄っていく名前。


「ワンダバワンダバーっ!見てた!?私強くなったでしょ!」
「おう!やはり名前には安定感があるな!」
「よっしゃもっと褒めて褒めて!」
「ああ!敵をボールに触れさせもしない…普段のマネージャー業務をこなす姿からは予想もつかない動きだった!うむ!」
「えっ何それ、ワンダバ私のこと実は侮ってたんじゃ」
「…い、いや?そんなことはないぞ?ただ神童や天馬よりは弱いとばかり…」
「あああそんなこと言う!絶対そんなことない!神童とかは私の動き知ってるから先読みしてくるんだよ?だから止められるの!」
「その先読みを先読みして、別の動きをすればいいのではないか」
「……ワンダバ、私がそんなの得意だと思う」
「思わん」
「ですよね」


大声ではしゃぎながら抱き合って、一瞬で沈んだ空気になった一人と一体をどう扱えばいいのか分からず、呆然としたままその光景を見つめていたチームメイトに不動はもういいぞ、と解散の合図を出した。不満気に自分の練習に戻っていく奴らもいれば、その場に留まるやつもいる。さっきまでここで練習をしていたからだろうか。これで練習不足を感じたんなら、そりゃあさっさとここを開けてやらねえとな。

ぱちぱちぱち、と手を叩きながら不動は名前とワンダバの元へ歩み寄った。「あ!兄さ……じゃない。不動さん、見てくれた!?」沈んだような表情から一転、ぱあっと明るい笑顔を浮かべた名前に口元を緩ませて不動は答える。「ああ、見てた。お前すげえわ」純粋に感じた感想を述べると、へらりと顔を崩す名前。くるくると変わる表情は、まるでガキそのものだ。


「…へえ、可愛いじゃん」
「ん?」
「いや、こっちの話だ。ンじゃ名前、それとそこのクマ!こっち来い」
「クマじゃない!ワンダバだ!」
「あー、ワンバダ?」
「ワ・ン・ダ・バ、だっ!」
「おー悪ィ悪ィ、じゃあお前らの部屋に案内するわ」


部屋?と首をかしげた名前とクマを無視して歩き出す。「あ!待ってよ兄…不動さん!」ぱたぱたと足音が響いて、続いて待ってくれ名前!とクマの足音。理不尽でもなんでも、兎に角こいつをここから出すわけにはいかなくなったのだ。まずやることはクマと名前を別々に隔離することだ。あの様子じゃ、どちらか片方だけで逃げ出そうとは思わないだろうからな。


じわじわと囲ってみよう


(2014/04/15)