おかしいなあ、聞いてないぞ?


雰囲気こそ刺々しいものの、やはり兄さんは兄さんだった…と纏めることが出来る数十分後を想像していた頃が私にもありました。


「お前、頭イカれてんじゃねえの」
「………ああ、うん、だろうと思ったぞ……」
「ワンダバ、諦めるのはまだ早いよ!未知の話にワクワクしてるのを隠してるだけかもしれな、っ、ひいいい!?」
「うるせえ黙れ」
「はい!」


鼻に触れるか触れないかのギリギリのラインで旋回した靴先に、黙らざるを得なかった。今のところ増援は呼ばれていないけれども油断は出来ない。ワンダバは完全に諦めてしまったようで白い目をしていて、まったく頼れないので帰ったらフェイ君に文句を言ってやろうと心に誓う。

いやあ、でもやっぱり信じてもらえないものですね!簡単にざっくりと、『十年後の未来から二百年後のシステムを使ってこの時代にやってきて若き日の不動明王を見たかったんです』と説明したのだが、案の定というか一蹴されたのがつい今の出来事である。ちなみに未来のあなたの弟子ですというとなんとも嫌そうというか、複雑そうというか、信じられないとでも言いたげな顔で異物を見るような目線を向けられた。解せない。


「…で?未来から来たっていうお前は何が目的なんだよ」
「そんなの決まってる!」
「ほう?」
「当然!兄さ……ええと……」


兄さんの黒歴史を探すため、と続けようとしたのだがそんな事を言ってしまえば物理的に黙らされそうで怖い。「に、兄さんとですね?一度勝負をですね?」したいなあなんて…とチラチラ彼を伺いつつ問いかける。案の定こいつ何言ってんだよ、と言いたげな目線が突き刺さってグウの音も出なくなるのだが。


「俺と勝負、ねえ?」
「い、嫌なら別に…」
「嫌だなんて言ってねえよ。そうだなァ、」


腕を組んだ私より少しだけ背の低い兄さんはじろじろと私を遠慮なく見回した。そういえば初対面の時もこいつがお前のお気に入りかよ、と遠慮なく眺められた気がする。あの時は分からなかったけれども、強い選手になったら見渡しただけでサッカーが上手いだとか下手だとか察することが出来るのかもしれない。私にはとうていそんな器用な真似は出来ないので、眺められるままになるのだけど。

やがてふん、と鼻を鳴らした同い年の不動明王は口元をゆっくりと歪めて私の目を見た。「いいぜ、じゃあ――」こちらに背を向けたあと、しばらく間を置いて振り向く兄さんは酷く楽しそうに笑った。「お前の実力を試してやる」


**


「……ええと、兄さん」
「その兄さんってのをやめろ。気持ち悪ィ」
「明王さん、……彼らは?」
「名前、明らかに穏やかな雰囲気ではないぞ……」


小声で囁くワンダバの言うとおり。グラウンドに誘導された私の目の前にはずらりと並ぶ10人の、異様な雰囲気を纏ったチームの皆さん(ユニフォームが同じだからきっとそうなんだろう)が並んでいる。あれっおかしいなあ、なんて思いながら私は明王さんを振り返った。「さん、ってのやめろ。うぜえ」「えええ!私に呼び捨てしろって!?」そんな無茶苦茶な!今は同い年とはいえ私と交流があるのは24歳の不動明王であって14歳の不動明王ではなくて、と言い訳を並べようとした私は睨まれて即座に頷くのだった。師匠に弟子は逆らえない。いや時々逆らうけれどもなんだかこの兄さんには逆らえない。

というか、FWの位置に立っている水色の髪の彼の…少しぼさぼさの髪の毛は未来でストレートロングになるのではなかろうか。特徴的な眼帯も覚えている。鬼道監督のところにもちょくちょく来るし、明王の兄さんと一緒に会ったこともある…そう!帝国の!「佐久間コーチ!」「……は?」眼帯で普段は隠れている目も、過去ではきちんと出していたんだ!…しかし見えているのなら眼帯の意味は一体どこに。

おい不動、と若き日の佐久間さんが明王の兄さんに近寄った。「…あいつは何だ?」「ああ、新人テストだ」ん?今知らない単語が聞こえたような?「新人テスト?不要だろう。チームには既に11人が揃っている」「小鳥遊だけじゃ華が足りねえだろ」佐久間さんの明らかに不機嫌そうな声の問いかけに対して兄さんは飄々と切り返した。…華?「ちょっと不動!どういう意味!」わあああ女の人がいる!美人!白い肌に綺麗な髪…少し隠れている顔もなかなかにミステリアスで、思わずふらふらと近寄りそうになるとじろりと睨まれた。「……」あ、あれ?敵視されてる?でも睨まれるのも嫌じゃな、


「おい、俺と勝負したいんだよな?」
「うん!」
「…だったら、こいつら10人相手にしろ。そうだな…源田から一点取れたら相手してやる」
「い、いいの!?聞いたワンダバっ!?」
「お前は早く逃げることを考えてくれ!」
「何言ってるの!サッカーだよサッカーっ!」
「………ああ、うん、好きにしてくれ……」


悟った顔になったワンダバに抱きつくと、後頭部に何かが当たる衝撃があった。振り向くとボールが転がっていて、早くしろと言わんばかりの目線を兄さんが向けてくる。頭のペイントってこの時代の流行なのかなあ、なんて思いながら久しぶりの思いっきりのサッカーに少しだけ心を弾ませた。何より同い年の兄さんに見てもらえるのがすごく嬉しい!


「兄さん!私頑張るからっ!」
「だから…あァ、いや頑張れよ、俺に勝ったらチームに入れてやるぜ」
「………えっ?ちょ、聞いてな、」






(2014/03/29)