Going my way!



「………あ、」


寝てた。

それに気がつくのは思ったより早くて、思わず周囲を見渡していた。「……あれ?」ここ、保健室?もしかしてこれって噂の保健室のベッド?やだ初めて寝ちゃったどうしよう。起き上がるとぎいんと頭に不協和音が響く。徹夜なんて初めてだったんだそういえば……今は何時だろう。

暖かい布団を抜け出すと少し肌寒くてぶるりと震える。カーテンを開くと誰もいない保健室は柔らかな橙色に包まれていた。「夕方…えっ夕方?」休日の、夕方の学校の保健室に独りきり?サッカー棟の方を見やるも当然灯りなんて付いていない。グラウンドはまっさらで、きちんと片付けが成されていた。誰の人影も見えない。みんな、帰ってしまったんだろう。え、嘘、ちょっと待って、流石にこれは怖いんですがそれは!?あたふたと周囲を見渡してみるけど、薬品の棚にしか目がいかない。ぞくぞくと嫌な予感が背中を駆け上ってきたそのタイミングで――「ひいっ!?」思わずカーテンの影に隠れた。廊下から響いてくるのは足音。次いで、ドアの擦りガラスに映るのは人影。や、やだ、武器が無、


「名前さん、いい加減に起き――――何してるんですか」


**


思わず持ち上げていたのは室内にあった簡易ソファー。現れたのは剣城で、私は膝から崩れ落ちていた。いつからこんな弱い子になってしまっていたんだろう。剣城と並んでソファーに座って、ごめんねーと笑顔を浮かべた。――いつも通りの、笑顔を。


「まさかあそこで眠るなんて」
「いやあ、なんというか……安心しちゃったというか、ね」


剣城が近い。でも、もっと近寄りたい。

ほんの少し、開いていた距離を縮めた。寄り添うように、触れるように体を少しだけ動かした。ああ、やっぱり安心する。とても心地良いこの距離が嬉しい。「眠れなかったんだ」思いの外の方向から飛んできた、私への感情に戸惑った。でも、心は揺らがなかった。戸惑ったけれど、でもきっと最後は本当のことを伝えられると信じていた。


「剣城の傍なら、いつだって安心出来るみたい」


手を伸ばした。何も喋らない剣城は何を考えているんだろう。知らない。知らないから知りたいと思っている。視界の隅に映った指先に、自分の指先を絡めてみる。ぴくりと反応したその指は、私を拒まなかった。むしろ私より先に私の手を握り締めた。嬉しくなって目を閉じて、頭を剣城の肩に預けてみる。




「―――好きだよ、京介くん」



呼び捨てに出来る勇気はまだ、私にはないみたいだけれど。


「私に恋を教えてくれた。京介…くんになら、守ってもらいたいと思うよ。おかしいよね、ずーっとね……こんな風になれるなんて思わなかった。本当は多分、ずっとずっと憧れてたんだよ、恋してみたいって思ってたんだよ。でも分かんないうちにそんなのが隠れてたみたい。初めて京介…くんが、さ。手を繋いでくれたじゃない?あの時がきっとスイッチだった。初めて心臓があんなに飛び跳ねたんだよ。びっくりしたんだよ。でもね、嫌じゃなかった。嫌なのは本当は私自身なんだよ、ねえ」


―――本当に私でいいなら、私は剣城のものになるよ。

頬の熱を感じながら、でもすらすらと出てくる本音。「……剣城、じゃない」へ、と思わず口から声が漏れた。同時に剣城が立ち上がって私はソファーに倒れ込んだ。「な、なに…?」剣城の意図が分からない私は目を白黒させるばかりだ。そんな私を面白そうに見つめて、少し悪い顔で剣城は笑う。


「"京介"。…呼べたら俺も、名前のものになるから」


―――ああ、もう。

そんなの反則だ、と思わず呟くと夕日に照らされているからじゃない、剣城の頬の赤さに気がついて思わず笑ってしまった。私だってきっと、隠しきれないぐらいに顔が赤いんだろう。あれだけ恥ずかしいことを、普段言えないような事をつらつらと並べたのだから。だからほら、剣城も私を見て頬を緩ませている。必要がないのだろうけど、必要のあるこのやり取りは、きっと何かを変えられる。


たった二文字、無くなっただけ。


なのにこんなにも心臓が跳ねる。跳ねるけれど、…落ち着いている。なんて矛盾しているんだろうかと思うけれど、優しい目で見つめられたらもうどうだっていいと思ってしまった。呼ばれる自分の名前を聞くたびに、ふわふわとまた浮かんでいるような感覚を覚えた。ふつふつと湧き上がる喜びを、あなたにも。

――息を吸い込んだ。


「…………京介!」


自然と笑顔が浮かんで、腕を伸ばした。首に絡めるために飛びついて、――まるで最初みたいに私は剣城を押し倒した。まるであの時とは違う感情を抱えて、剣城の目を覗き込んだ。戸惑っている、その瞳が懐かしくて仕方ない。


ねえ、京介。


「ありがとう、"私"を見つけてくれて」


剣城の胸に顔を埋めると、やっぱりとても安心した。剣城の心臓の音が響いてくるのが嬉しい。「っ、いきなり…!」恥ずかしいんですけど、と慌てる剣城だって私の心臓の音を聞いているんでしょうが。おあいこだよ、おあいこ。


あ、そうだ。


「待たせちゃったお詫び、まだだった」


ぱたりと起き上がって、同時に剣城の手を引いた。私は正座、剣城はあぐらで再び向かい合う。今度は何ですか、と呆れたように呟いたその口を私の口で塞いでやった。



これは私だけのGoing my way

(私達の道は、きっとここから)

(2013/12/26)

END.