素敵な世界が待っているの



―――不思議な感覚が、体を支配していた。

普段より声が大きくなった。心臓がばくばくと音を立てることをやめない。ふわふわと浮つくような足元と、きらきらと輝いて見える視界。その真ん中には剣城がいる。

ホイッスルが鳴って、音無ちゃんが雷門側のゴールの手を上げた。得点版には1-0の表記。嬉しそうな天馬君がはしゃいでいて、その近くに――南沢さんが見えた。明らかに落胆して肩を落としている。きらきら瞬いていた視界の光が消えて、ずきりと胸が傷んだ。


――瞬間、思わず動き出した足が止まらない。


「……南沢さん、その」


気がつけば彼に歩み寄り声を掛けていた。驚いたのだろう、目を見開いてこちらを振り向いた南沢さんに思わず笑いかけてしまう。「格好、良かったですよ」信助が得点を許さなかったとはいえ、南沢さんはシュートの本数で言うなら断トツで一位だ。必殺技だって、目に見えて強くなっていた。――ああ、心が揺らぎそうになるのは、「でも、…」私なんかのために頑張ってくれたからだというところだろうか。

――けれど、踏みにじらねばならない。


「本当に、ごめんなさい」


頭を下げた。誠意を振り払った。最初こそ遊び半分で突き出されていたそれは、私が嫌になってしまうと同時に彼の本気になっていた。少しタイミングが違えば、きっと私と南沢さんの想いが通じ合うなんて未来があったんだ。でも、きっとそうなっていたら今の私はきっとまったく別の私になるんだろう。

今の私は、剣城があってこそだ。
気がつけばどんどん変わっていた自分自身に、本当の意味で今、気がついた。


「たくさん教えられたんです。色んなものを貰ったんです」


それは物質ではない。形では言い表せないもの。少し欠けていた部分を補ってくれるもの。けれど、完璧には仕立て上げてくれないもの。多分、剣城がいる限り私はどんどん弱くなるんだろう。きっと剣城と出会う前の私ならそんなもの絶対に嫌だと拒否をしたはずだ。それなのに今はそれを悪くないと思っているし、彼の幸せに貢献出来るのなら、――求められているのなら心の底から幸せだと思うのだ。


「……後悔するぞ?俺を逃すなんて」


いたずらっぽく笑った南沢さんに静かに首を横に振ってみせた。「私はここで迷うような人間ですか?」「…違うな」知ってたよ、と薄く笑う南沢さんに手を差し出す。


「何だそれ」
「いや、こういう時って握手なのかなあって」
「は、馬鹿じゃねえの」


えっ違うの?鼻で完全に見下した目で小馬鹿にしてくる南沢さんに視線で問うと、差し出した手のひらではなく手首を掴まれた。「え、ちょ」引き寄せられてバランスが崩れる。どさり、と響いたのは体と体の衝突音。私の体が南沢さんの体にぶつかる音。


「名前さん!?」
「違う剣城これは違うからーっ!」


遠くから響いた剣城の声に思わず声を上げると、うるっせ、と耳元で南沢さんの声が響いた。ぞくりと肌が粟立つのはその色気故か。「な、なん!?」なんなんですか、と言おうとして唇を噛んで悶える私の肩を抱き寄せる南沢さん。違う剣城これは誤解で、


「――――………」


耳元で囁かれたその言葉を認識する前に、触れていた暖かさがすうっと消えた。惜しくない。惜しくないはずなのに頬は熱い。突き放されてふらふらとして、グラウンドに倒れ込もうとしたところでどきりとする香りに包まれる体。「名前さん!」優しい声が私を呼ぶ。

最後の最後にとんでもない爆弾を落としてくれた南沢さんのせいで、今後も胃薬が手放せなくなりそうな予感がします。…しかし、剣城あったかいなあ……すごく安心する。そういえば昨日の夜は一睡も出来なかったんだよなー。なんだか一段落して安心しちゃって……あ、目が潰れる、真っ暗だ。なんだか剣城に呼ばれてる気がしたけど、あったかいから良いかなあ。



きっと目が覚めたら素敵な世界が待っているの

(南沢さん、名前倒れたっスけど何言ったんスか)
(お、倉間久しぶりだな。……気になるか?)
(ええ、すっげー気になります)

("俺はまだ諦めたわけじゃない")
(…あー、そりゃあいつが胃薬飲むわけだ…)
(なんだそれ)

(名前はまあ、わりと繊細ってことです)

(2013/12/26)