何よりの力になるのです

グラウンドでは既に準備が整っていて、事前の準備運動も全てお互いに終わっている。ラインを引いている名前さんを見ていたが、目が伏せらせていたから不安になった。体調が悪いのか、それとも…考えは尽きない。しかし、もう試合は始まってしまった。俺の目の前に並んでいるのは元雷門のFW選手。よろしくお願いします、と挨拶をした後ポジションにつく。


「ではこれより、雷門中と月山国光中の練習試合を始めます!」


音無先生の宣言が響き、次いでホイッスルの音がグラウンドに響いた。


**


前半はじわじわとした均衡状態が続いた。

俺が上がる。輝が上がる。ゴールへ向かって必殺技を放つ。――しかし流石は強豪と呼ばれるチームなだけはあった。きっとホーリーロード後にも特訓を積んだのだろう。明らかに全員のレベルが上がっていて、兵頭とギガンテスは俺達の得点を許さない。

しかしレベルアップをしているのはこちらも同じだ。DF陣は確実にゴール前を守り、飛んできたシュートは信助がタイタニアスで確実に止めた。多分、お互い様子見も兼ねているそんな前半が終了したのがつい十分ほど前。得点はお互いに動かないままで、ハーフタイム終了のホイッスルが鳴ったのが数十秒前。


「前回より明らかにレベルが上がっているな」
「はい!俺、今すっごく楽しいです!」


笑顔の天馬に、神童さんも釣られて微笑みを返していた。「しかし…厄介なのは南沢さんだな。前回は狩屋という言わば切り札があったが、雷門の手中をそれなりに知っているし…」「結構深いところまで切り込まれて焦ったド」霧野先輩と天城先輩がその後ろ、DFラインで会話を交わしているのが聞こえた。「頑張ろうね、剣城君!」「…ああ」隣の輝に頷きを返しておく。ぽん、と輝の反対側から俺に触れる手。


「倉間先輩?」
「流石に良いとこ、見せてかねえとな」


ちらりと倉間先輩が(少し青い顔をして)振り仰いだ先の人物は、もう見なくても察する事が出来る。「当たり前です」「おーし、良く言った!」やってやろうぜ、と背中を叩く倉間先輩に頷きを返す。音無先生がホイッスルを口元に構えるのが見えた。


――鳴り響くホイッスル。




蹴り出したボールをホイッスルと同時にバックパス。上がれ、と神童さんが指示を出したからそれを受け止めゴールへ駆け上がる。神童さんから剣城、と上げられた声に反応して体が動いた。ボールを胸で受け止め、ただひたすらにボールを守りながら進む。

ちらりと横を目で仰ぐと、ベンチで俺を食い入るように見つめていたのだろう、名前さんと視線がぶつかった。気恥ずかしくなって即座に目を逸らし、ゴールが視界に戻ってきたことで即座に切り替わる思考。――見せつけてやりたい、俺のサッカーを。そして、きちんと彼女の本音を…!



「させねえよ」
「っ、!」


思わず、反射的に息を呑んだ。伸ばされる足から必死にボールを庇う。――南沢篤。口約束と言えど、名前さんの婚約者であるその人は、DFのラインまで下がって俺の目の前に立ちふさがっている。「悪いな、…俺も勝たなきゃいけないんだ」名前の為に、と耳元で囁かれた瞬間に足元が鈍る。それを見逃されるはずもなく、ゴール直前、しかも絶好のチャンスで俺はボールを奪われた。俺からボールを奪ったまま雷門側のゴールへ走り出す南沢さん。


「名前さんの…ため」


それはつまり、勝負を挑まれたということでいいのだろうか。
どちらが彼女に勝利を捧げられるのか、競い合うのか。本人の目の前で。

公式の試合ではない。ただの、至って普通の練習試合。力比べ。双方に利益のあるお互いを高め合うための、実戦形式の練習。練習試合とはそういうもののはずだ。けれども今回に限り、俺にとっては名前さんを守るための試合。負ければあの飄々とした元先輩に、名前さんが攫われてしまうのだと考えると自然と足が駆け出していた。天馬が必殺技で南沢さんからボールを奪うのが見える。


「剣城!」


弧を描いてボールが天馬の足元から俺の足元へと再び戻ってくる。じろりと見据えるのは月山国光のゴールただ一つ。得点を決める。強いところを見て貰う。一番の活躍をしたい。「名前、さん…!」全部は彼女を後押ししたいから。俺を好きになってくれたなら、そうだと行って欲しいから。あなたが好きです、名前さん。多分あなたが思う以上に俺はたくさんのものを名前さんから貰っているんです。俺に何が出来たかなんて知らないけれど、……俺に何が出来るかなんて知らないけれど。泣き顔はもういらないんです。あなたの笑顔が欲しいです。だから、そのためにならいくらだって走ってやる。


―――きっと、俺が得点を決めれば名前は笑ってくれるだろうから。


「来い!『剣聖・ランスロット』!」


呼び声に呼応してふつふつと湧き上がる"それ"は闘気のオーラ。結晶し形に成っていくそれは騎士を象った勇ましい化身。その手に握った大きな剣を振るうイメージで、DFラインに突っ込んで力任せに突破する。兵頭も化身を発動したのが見えた。


――ちらりと、ベンチ側を仰ぐ。












「……――頑張れ、剣城!」



立ち上がって、俺に向かって吠えたその人の表情は確かに笑顔だった。




きっと、それは何よりの力になるのです



(2013/12/26)