過去拍手/倉間のぼやき声


――先輩、俺と結婚してください。

咲き乱れる花の花弁が舞う優しい空間の真ん中で、剣城が微笑む。恥ずかしくなった私は俯いて、しかし……断る理由なんて見当たらないから静かにはい、と頷いた。瞬間、優しい暖かさが私を包んで、見上げると剣城の腕の中に閉じ込められていた。え、え、なに、これ?いや確かにその、プロポーズに同意したのは私で…!でもちょっと、私達まだ中学生だよ!?あたふたと慌てていると、剣城が何言ってんですかと呆れたように私の髪を撫でる。……成長していた。髪が伸びている。ほんとだ、と呟くと剣城が私の髪をすくってそれに小さく口づけた。どきりと心臓が高鳴ったのはちゅっ、と響いたリップ音のせい。

見つめ合うと、切れ長の目が熱を孕んでいた。それを直視出来ないはずなのに、思わず見つめ返してしまう。すると、ゆっくりと剣城の顔が近づいてきて――それはやたらとリアルな感覚。人の温度が肌に触れそうなぐらいに近くなって、あ、私これもしかしてキス、


「うわああああああああああああああああああああああ!!!?」
「っるせええええええええええええええ!!!」


**


何故私は正座させられている?


「お前なあ、人が親切で毛布掛けてやったら襟首引っ掴んで抱きしめるとかどういう神経してんだよ!」
「いやでも倉間、その片手に持ってるマジックペン何?油性だよねそれ」
「お前のデコに肉って書いてやろうと思ってたんだよふざけんな」
「いやそっちがふざけ……抱きしめた?私が倉間を?」


一瞬血の気が引いて周囲を見渡すと、部室には倉間以外のやつはいない。ほっと胸を撫で下ろすと倉間が呆れたように「剣城か」と言い出したのでびっくううう!と面白いぐらいに体が反応した。「…図星かよ」「違う!絶対違う!」「顔面ひっつけようとしてきたからな…剣城とキスする夢でも見たか?」「……典人?」「分かった黙る」やはり名前呼びは効果ばつぐんらしいです。しかし、なんという夢を私は…私は…!


「……死にたい」
「生きろ。大丈夫だ、なんとかなる」
「剣城に合わせる顔がわかんない……」
「お前の顔は常に百面相……悪いなんでもねえ」
「ねえ倉間、土の中って結構快適らしいよ」
「お前は常に俺に対して辛辣だな!?」
「愛だよ愛、愛!」
「それが愛であってたまるか」


頭を抱えて倉間と普段通りの会話をしつつ周囲を見やる。私が寝ていたのはソファーの上で…ああ、そういえば最近凄く疲れてたんだっけか。色々あったしな。本当に色々あったしな…!海外に飛んだりだとか?主にそんなところである。確かに最後の記憶はソファーに突っ伏したものだった。床に落ちているタオルケットは倉間の優しさだろう。…なるほど、そのタオルケットの暖かさを私は脳内で剣城の腕の中に……うわああああ!


「やだもう自分が気持ち悪い!」
「…今更?」
「典人ー」
「ごめん本当悪かった俺が悪かったからまじですいません」


素晴らしい速さで綺麗な土下座をキめた倉間、いや典人を見やる。「別に、今は二人なんだし典人でもいいんじゃない?」「……まあ、そうだけど…よ、」「普段典人私のこと名前で呼ぶのにね」「お前に名前呼ばれんのってなんか、心臓に悪いんだよ…!」神童とか霧野が平気な顔してんのが分かんねえ、と倉間が私の隣に腰を降ろす。話を逸らす事には成功したらしい。


「典人ってさー、結構女子苦手だよね」
「お前が特異過ぎて恐怖症になってんだよ責任取れよ」
「………ごめん婿に貰うって言い切れないごめん」
「ンなもん期待してねえ」


そもそも"そういう事"を気軽に口にすんなとオカンの顔をした典人が言い出したので耳を塞いだ。「そんな事よりさー」「おい話終わってねえぞ、剣城が可哀想d「やっぱまだ恥ずかしいの?人前で私から名前呼ばれんの」……話聞けよ」ごめん聞く気無い、と背の引くい倉間を見下ろすと容赦の無いアッパーを視界に捉えた。当然さらりと避けることに成功。「おい避けんな」「やだよ痛いの。で、どうなの?」半分わくわくしながら倉間を見つめると、物凄く嫌そうな顔をして倉間が私を睨みつけた。わあ酷い。


「絶対嫌だ」
「うっ、そんなに私が嫌いか…!」
「恋愛感情でお前を見る可能性は皆無だと言っていい」
「デスヨネー」


当然と言えば当然である。大体そんなのお互い期待してない事は分かるぞ私でも。


「……おら、目ェ覚めたんならさっさと練習戻るぞ」
「えっやだ!もうちょい寝てた、」
「空野がドリンクの粉重そうに持って運んでたから俺はお前を呼「待ってて葵ちゃん今すぐ行くからね!」……お、おう」


こけるなよー、と棒読みの倉間の声を背後にした私の脳内からは、もうさっきの夢の記憶は薄れていて思い出せなくなっていた。



**



まったく、相変わらずの行動力。鼻息荒く飛び出していった幼馴染が散らかしたタオルケットを綺麗に畳み、少しよれた襟首を正して溜め息を吐いた。「……あいつも女らしくなったもんだなあ……」あいつの変態っぷりというか、女好きが目覚めた瞬間を直に見ている唯一とすれば、そんな乙女な夢を見る幼馴染に感涙を止められない。


「……典人、な」


典人くん!とまだ幼い幼い彼女(まだ綺麗で目覚めていなかった頃)に対し、俺は初めての恋を捧げてしまっている。――当然、今はそんなもの無い。でもあいつの世話を焼かずにはいられないのは何故だろう。苦労しかかけられていないのに、今の恋する乙女状態の幼馴染から名前を呼ばれたさっきがあまりにも久しぶり過ぎて、正直今でも動揺が収まらない。


「あー、……剣城、頑張れー」


この場に居ない後輩はいつか、下の名前を呼ばれるまでになった時にどんな顔をするのだろうか。まあ是非とも剣城にはあいつをしっかり捕まえて貰わねばなるまい。むしろ剣城以外にどんな勇者があいつと付き合える?すまん、俺はとりあえず巻き込まれるだけでお腹一杯です。



幼馴染の密かなぼやき声

(今度剣城に幼稚園時代のあいつを見せてやろ)

(2013/08/19)

典人君呼びのまいうぇい主