こんにちは


じゃあ以前のアレは本気じゃなく遊びか何かだったんですか、なんて問いかけられる空気ではなかった。まず、私の頭は沸騰したやかんのようにピーピーとうるさい警報音を鳴らしていた。次に熱だ。頬に感じる熱をどう足掻いても、自分じゃ冷ますことができない。心はきちんと決まっているけれども、真摯な瞳で見つめられてそんな事を言われたら―――流石に赤くなってしまう。だって私は恋を知ったばかりだ。若葉マーク付きだ。


「…っは、お前でも赤くなれるんだな」
「だ、黙って、ください…!」


違う。これは違う。だって私の心はもう剣城のものだ。決まっている。なのにどうして心臓はばくばくと音を立てているんだろう。…剣城の前でだけ鳴る、心臓のばくばくとは種類が違うけれど、これもとても心臓に悪いことには代わりがない。

至極楽しそうな南沢さんから目を逸らした。そうして紅茶に反射した自分の顔と見つめ合う。――徐々に熱が収まっていった。冗談じゃないことは流石に、言葉とはうらはらなあんな瞳を見てしまったら言えるはずがない。そんなに残酷な事は言えない。もう私はただの臆病者の一人だから、人を傷付けることを恐れている。


―――でも、私は。


「……南沢さん、」


自分の顔と見つめ合うのをやめる。名前を呼んで顔を上げると―――「ふぐっ!?」南沢さんが自分用に注文したケーキの苺が口の中にフォークごと突っ込まれていた。これじゃまるで仲の良い恋人同士みたいじゃない!?流石にこれはまずいとフォークを抜いて、でも苺を外に出すのは流石に恥ずかしかったから咀嚼して――「っ、ふ、はははは!」な、何笑ってるんですかあなたのせいでしょう南沢さん!…目だけでそう訴えてやると、更に私を見て笑い出す南沢さん。…解せぬ!


「あー笑った笑った」
「私は面白くもなんとも…じゃなくて!」
「まあ聞けよ名前。返事は今は欲しくないんだ」
「……へ?」


今は欲しくない。その言葉の意味が分からなくて思わず首をかしげると、にやりと。南沢さんが不敵な笑顔を浮かべた。(それが普段名前が浮かべている笑顔と、とても似ていることはきっと二人を良く知る第三者にしか分からなかっただろう)なんだか嵐の前の静けさのようなそんなものを感じながら南沢さんの言葉を待つ私。カップを持ち上げて南沢さんがコーヒーを一口飲んだ。ことん、とカップが置かれる音に息を潜める。


「略奪愛ってのもいいんじゃねえか、ってさ」
「………はい?」
「今度の試合。俺に惚れさせ直してやるから」
「……えっと、私ちょっと良く意味が…」


「俺は剣城から、お前の心を奪って見せるって言ってんの」






……なんだ、なんだその乙女ゲームの攻略対象になってるイケメンみたいなセリフはなんなんですか南沢さん!?得意気な顔して、ケーキの最後の一口を満足げに口に運ばないでくださ、ってあれ、どうして私こんな状況になったんだっけ。これじゃまるで、これじゃまるで、私が生殺し状態じゃない!?どう、どう答えればいいんだろうか。私は、私は……!


「今度の試合、俺が剣城に勝ったらお前だって惚れ直すだろ?」


自信満々な南沢さんに、そんなことない、と強く言い返せなかった。――瞳の奥が揺れていて、自信に溢れた態度の裏に不安が見え隠れしていたから?そんなのただの言い訳にしかならない。私は南沢さんにしっかりと言葉を伝えきれなかった。最低だ。こんな私が、こんな状況下に置かれた私が、―――剣城を好きでいていいんだろうか。

結局その後のことはあまりよく覚えていない。自分の食べた分は支払ったような気もするし、払ってもらったような気がする。とにかく、頭のなかはぐるぐると渦を巻いていた。――剣城にこのことを話さないのはやはり、フェアじゃないだろう。けれども言い出す勇気がなくて、でも心はしっかりと剣城に捕まえられているのだ。試合まで私の精神、大丈夫かなあ……ああ、恋って難しい。こんなに胃袋痛めるものなんだ…きっついなあ。胃薬買ってこよう…




薬局のお姉さんこんにちは

(お久しぶりですお姉さん!)
(あら名前ちゃん、どうしたの?だれか怪我?)
(いや、その…胃薬が欲しくて)
(…明日は雷でも降るの?)
(……降らないといいですね?)
(それフラグっていうんじゃないかしら)

(2013/12/04)