私に聞かないでください


気のせいだろうか。

とんでもないデジャブ感を感じながら、お洒落なカフェのお洒落なカップに入った紅茶を見つめる。「飲まないのか?」「う…」今はいいです、なんて言えないもんだから気まずい気持ちのまま手を伸ばした。


「この間はよくも逃げてくれたな」
「あー…ははは……」
「今日は随分大人しかったけど」
「人前で流石に騒ぐのはまあ、流石に恥ずかしいですし」
「お前羞恥心持ってたのか」
「うるさいこの歩く十八禁」
「なんだそれ…」


流石にそれぐらいの羞恥心はある。(他は知らない。)目の前の南沢さんに見つめられている気まずさから逃げたくて、紅茶に口を付けるととても香りの高い素敵なものだった。思わずはあ、と溜め息が漏れそうになる。ええ、ずるずると引きずられてここまで来てしまいましたとも。お約束で剣城になんて見られてしまったらたまったもんじゃない。すぐに出たいけれどもでもそれを目の前の人は許してくれないんだろうなあ…


「…で、何の御用でしょう」
「固いのは変わらないのなあお前。俺達はほら、名前曰く『良いお友達』なんだろ?」
「いやそれは、それはですね?言葉のあやというか………はい、そうですね」
「歯切れ悪いけど本当はそう思ってないんだろ?」


思ってないなんて言えないじゃないですか本当にもう。分かっていてそんな事を聞くなんていやらしいですよ南沢さん。――大口叩けたらどんなに楽か。叩ける立場じゃないもんだから目を逸らすしか出来ないのだ。不安と罪悪感が恐ろしいことになっているのは、多分剣城の影響もある。今、剣城が隣にいてくれたらどんなに心が楽だったかなんて考えてしまう。……重症だなあこれ。恋は本当に病気みたいだ。

南沢さんに迫られていた日々に終止符が打たれた時の事は、忘れようとしても忘れられない出来事。「――思ってないです」友達になんてなり得ない。南沢さんとここで初めて目を合わせた。少し目見開いた南沢さんの瞳を、きっと見返すのはあの時以来だ。南沢さんは私に付き合えと言った。私は断って、いい友達でいましょうと教えられた通りに返答した。

その時の私は独りよがりな南沢さんの恋愛ごっこに付き合わされていて疲れていたのだ。ありきたりな恋愛漫画じゃ強引なイケメンに惹かれるのだろうけど、私が南沢さんに惹かれることはなかった。どうして南沢さんが私にそんなにこだわるのか考えた夜、結論は出なかったけれど、多分私と南沢さんは絶対に上手くいかないだろうという予感は確信に変わっていったのだ。

南沢さんは基本的に自分が主体だ。私も自分が一番だ。南沢さんは私が自分に釣り合うと言った。私は南沢さんの言っている意味を理解することが出来なかった。(正直に暴露してしまうと南沢さんの影響で私が抱きつける女の子の数は激減したのである。もうこの時点で私はかなりキていたわけだが、入学式の日に受けた恩を仇で返すのかと思うとグウの音も出ないそんな状態。)

今だからこそぼんやりと分かることがある。多分、南沢さんは私…本当はきっと、誰でも良かったんだ。多分、南沢さんは恋をしている自分が好きだったのだと思う。本当は私を好きでもなんでもないのに、催眠術のように思い込ませようとしていた。私も同じだ。剣城のことを好きじゃないと無意識のうちに思い込ませていた。

――防衛本能。

南沢さんを好きな女の子は多くて、たくさんの綺麗な女の子が可愛い女の子が彼に焦がれていた。南沢さんはそれを受け入れつつも特別を選ぼうともせず、生殺し状態で放置していたのだと、記憶を探りながら理解する。特別を作らなければいけないのなら仮初で、嘘がどんどん本当になって、最初は冗談半分だったものに本気になってしまう。

私は南沢さんの感情が恋愛感情だと思い込んでいた。一種類しかないのだと思っていた。だから剣城が向けてくれるもの全てに戸惑わないふりをしながら迷いでいっぱいで。驚きのあまり出したそれが、一番の本音だったことに気がついたのは今。教えられたかった。そう、教えられたかったんだ。限られていた世界を広げて欲しかった。

今ここにあるのは剣城を好きな気持ちと、南沢さんへの罪悪感。誰も悪くないとはいえど、私は確かに彼の勇気と覚悟を踏みにじったのだ。だから、


「私と南沢さんは友達になんて、なれないです」


――漫画の世界だけだ、告白を断った相手と笑顔で仲良くなんて。そんな都合の良い展開があってたまるか。剣城が好きな今だからこそ、その代償を大きく受け取っているのに。友達になる資格を持っていないのは南沢さんじゃなくて、ずっと南沢さんから逃げている私。例え許されても私は罪悪感でいっぱいだ。


「名前ってくだらない事気にするんだよな」
「?」
「割と重い。そんなんじゃ剣城に愛想尽かされるぞ」
「っくあっせー!?ななななななんんあななななななな!?」
「日本語で離せ」
「つつるっ、つるぎぎぎぎぎぎぎになななあいそっ…!」
「なあ名前、俺は前とは違う気持ちでここに居る」
「お、重い…っ!?」
「………なあ、今割と真面目に話してるんだけど」


"重い""剣城に愛想尽かされる"の二言で恐ろしいダメージを受けた私に構わず、南沢さんがコーヒーカップに口付けた。私はというと真っ白な灰になる一歩手前でぎりぎり意識を保ったまま南沢さんの言葉を(しょうがないから)静かに待つ。かちゃん、とカップとソーサーが触れる音が響く。




「―――――今は本気でお前が好きなんだけど、どうすればいい?」




そんなことを私に聞かないでください



(2013/11/13)

夢主は色々重く受け取り過ぎでうじうじ。書いてるこっちがシャキッとしろよと思っていますが中二なのでまあこれぐらいはいいかなーと。思春期だし。思春期って魔法の言葉…あ、ほら良く言えばあの…し、思慮深い…?