ただの女の子じゃないですか



――練習試合を明日に控えた土曜日。

目の下にくっきりと隈を作った名前さんがグラウンドに顔を出した。当然、隈が出来ていても普段通りに綺麗なことは綺麗なのだが、(普通にしていれば)隙の無い(ように見える)彼女にしては隙だらけな雰囲気を漂わせていた。要するに、なんというか、眠そうで気だるげで庇護欲をそそるというべきか。

当然、練習に励んでいた俺達をサポートするために彼女はそこにいるのだが、なんというか……「剣城、お前なんとなく避けられてないか?」い、言われた!?多少苦い顔の霧野先輩は俺の顔を見てすまん!と言った後逃げた。そりゃそうだろう、俺だってなんとなく気まずいというか、恥ずかしさのせいで名前さんを避けているんだから。

というか正直夜な夜な眠れないのは俺だって同じだ。「その割には剣城君って隈とか出来な――あ、最初から目つき悪、」狩屋、それ以上は言わせない。黙ってデスソードをかましてやるとうわあああ!と叫びながらハンターズネットで防御していた。「お前達!休憩時間に必殺技を無駄遣いするな!」神童さん、本当にそれ最もなんで狩屋にきつく言い聞かせてやってください。俺は悪くない。


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ぎすぎすとした雰囲気が私と剣城の間にだけ漂っていた。そのせいかは知らないが、ちらちらとこちらを伺ってくるのは天馬君。何か言いたそうにして、口を開いて――閉じる。その気持ちはとてもよくわかった。私も同じだ。

剣城に返す言葉は決まっている。ただ、――ここで自分がどれだけ不器用なのかというのを思い知らされてしまった。どんな言葉を選べばいいのか分からない。感情は定まっているのに、どんな言葉でそれを表現すればいいのか知らない私はどうすればいいんだろう?

……剣城に貰ったこの気持ちが私の中で形成された瞬間から、この感情は私のものだ。私だけの、私だけが知っている私の知らない私。…ってああもう、こんがらがりそう!とにかく、剣城の向けてくれる気持ちと私が剣城に向ける気持ちは限りなく近いものではあれど、まったく違うものなのだと思う。相性が悪かったらそれは、ぶつかりあって失敗してしまうんだ。剣城がただひたむきに私に向けてくれる――その優しい感情に対して、どんな言葉を返せば剣城は報われるんだろう。

絶対に足りない。ありふれたような言葉じゃ謝罪にもお礼にもお返しにもならない。私も好きです、なんて言葉で終わらせたくないという気持ちがあった。



「……もっと色んな言葉知ってれば良かったなあ」
「今からでも遅くないと思うけど。あぁ、教えてやろうか?」
「南沢さんより広辞苑に習った方が良いと思います」


詩的なものを返したいわけじゃないけど、せめて剣城に嬉しいと思って貰えるような、そんな言葉を剣城に返した…………………い?え、え、えっ!?鞄が地面に落ちてどさりと音を立てた。いやいやいや、無意識に返事をしてしまったけど……「み、なみさわ…さん?」振り向く前からなんとなく察しがついてしまうのはそのエロオーラ故か。


「よう、この間はすげえ速さで逃げたな?」
「ド、ドウモオヒサシブリデス…!」


明日の練習試合はよろしく頼むぜ、なんて言いながらいきなり現れた南沢さんに手首を掴まれていた。あっこれ逃げられないフラグ…



あなたもいつの間にかただの女の子じゃないですか



(2013/11/08)