小さな思惑と密かな願い
※輝視点

僕さ、苗字先輩見るとイライラする時があるんだ。

そう告げると狩屋君は目を見開いた。「あ、嫌いってわけじゃないよ!」そこはきちんと否定しておく。「どうしたんだよ、――つか、何であの時苗字先輩にあんな事言えたんだよお前」それがその"イライラ"、ってやつに関係してんの?と問いかけてきた狩屋君に頷いた。僕の人選は正解だったらしい。狩屋君はさくさくと話を進めてくれる。


「確かにな、悪い人じゃないし嫌いじゃないけど、俺も時々イラっとする事はある」
「普段のあのテンションじゃないんだよね。もう慣れたし」
「何て言うんだろうな……こう、剣城君と絡んでる時にイラっとする」
「そうそう」


狩屋君ももしかして同じこと感じてた?という意味を込めて彼の目を見つめると気まずそうに逸らされた。「や、別にリア充が羨ましいってわけじゃなくて」「…狩屋君、若干嫉妬入ってるでしょ?」「は、入ってねえし!」入ってるんだね、やっぱ年頃だし憧れるよねああいうの。でもやっぱりまだ好きな人なんて考えられないぐらい今はサッカーに打ち込みたいという思いがあるから、遠ざけているのは事実だ。

とにかく!と狩屋君が頭をぽりぽりと掻きながら話を戻した。「輝は苗字先輩のどういうとこにイラっとすんだよ」「さっき狩屋君が言ったとおりだよ」剣城君と絡んでいる時の、苗字先輩の態度にイラつくんだ。あの人は明らかに剣城君を特別扱いしながら、彼を特別だと思う事を否定している。それは多分、自分の世界観を壊したくないからだ。彼女は凝り固まった世界を自分の全てだと決め付けている節があるのは前々から感じ取っていた。それを壊す可能性を持っている剣城君が怖いのだろう。自分の意思では理解出来ない本能の部分で彼に恐怖を抱いている。


「……要するに?」
「剣城君の気持ちを踏みにじる事がきっと出来るって思ってた。実際それをしようとした。それがイライラする原因」


アメリカから帰ってきた後の二人は明らかに"特別"だった。普段と変わらない会話をしながらも、明らかに行く前より帰ってきた後の方がお互いに対する特別な感情はどんどん大きくなっていっているのが目に見えていた。でも、剣城君が必死で足掻いているのに表面上は受け入れながらも苗字先輩は確実に一線を引いていた。

全てが確信に変わったのがついさっき。剣城君に南沢さん、という先輩の事を話していなかったことと、まだ迷っていた事。彼女はどれだけ今の関係が大事なのかと問いただしたくなった。タチの悪い人だとは思っていたけれど、ここまで来て無意識だと言うのなら流石に悪意を感じる。確かに楽なものだろう、今の剣城君と苗字先輩の関係は。――でも、それを続けていればいつか剣城君だって離れていくということを彼女は知っていた。離れる事があるのなら最初から踏み出さなければ良いと思っていたのかな、それは僕にはあまりよく分かっていないけれど推測する事ならできる。

特別だと思えば思うほど、離れていくのはそんなに恐怖を感じることなのだろうか。「僕にはその辺、よく分かってないんだけどね」狩屋君は黙って聞いてくれていた。「ねえ、狩屋君はどう思う?」苗字先輩はあんな顔して、剣城君がどこまで着いてきてくれるのか試していた――「なーんて…ね」流石に中学生でそんな事をするなんて、


「なあ、なんでお前そんなにあの二人の事見てんだよ」
「へ?」
「や、流石にちょっと引くかもしれねえ」
「あー…狩屋君以外に鈍いもんね」


いつも討論を交わす相手が霧野先輩だったから麻痺していたのかも。「霧野先輩なんかもっと凄いよ?」何を、とは言わない。あの人の洞察力は行動力も相まって恐ろしいことになっている。そんな僕らは気持ち悪いのかもしれない。多分、狩屋君の意見は一般的なものだろう。でもそれでも、


「――ほっとけないんだ。幸せになって欲しいんだよ、二人に」


苗字先輩に苛立ってしまうのは、苗字先輩に少なからず憧れを抱いているせいだ。――どんな種類の憧れか、なんてきっともうどうでもいい事。それからもう一つ大きいのは、剣城君が大切な仲間だから不幸せにしたら許さないぞの意。


「……まあ、苗字先輩は一人じゃ絶対に生きていけないタイプだろうしな」
「へ?」
「あ、そっちは鈍いんだ。俺なんとなく分かるよ、ああいう人こそ安定した幸せを渇望するんだ」


相当な我儘のくせにね、と狩屋君が笑うから釣られて笑った。



傍観者の少年の小さな思惑と密かな願い



(2013/10/23)