恋なんでしょう


体中が火照っていて、頭の中は沸騰したかのようだった。

やっと立ち上がってふらふらと部屋を出た時も、有難い事に周囲には誰もいなかったから再び廊下に座り込んでしまった。――剣城が、呼んだ。私の名前を、甘い響きを含んで――さっきの事を思い出すとどうしたって正常じゃあいられない。

心の中で猜疑心と、優越感が渦巻いていたのを剣城は全て塗り替えてしまった。もう何も考えられない。……ぐるぐると頭の中を渦巻いているのは剣城の事だけで、どうしてこんなに私は乱されているんだろうかと混乱した。

私は剣城の事が好きなんだろうか?――答えは知っている。YESだ。今更再確認するまでもない、剣城の事が、好き。認めてしまったそれはすんなりと収まった。

本当はずっと、知っていたんだろう。剣城を見ている時間が増えていったのも、初めて触れた手に心臓が高鳴ったのも、剣城から貰った言葉が全部嬉しかったのも、……誰にも話したことなんて無かった、私が私に抱く疑問をすんなりと打ち明けられたのも。抵抗なんて全て無駄だった。――こんな私なのに、どうして剣城は好きって言ってくれたのか。私なんかには勿体無い言葉をあれだけ貰っていたのに、それを全部踏みにじろうとした私を。


「…………ちゃんと、答えないとなあ……」


――誠意には誠意を。真正面からの言葉は、真正面から返さなきゃいけない。


**


名前が廊下のその場所に座り込む少し前、剣城もそこに座り込んで頭を抱えていた。

それはもう『やらかした』恥ずかしさで座り込んでしまったのだ。我ながら臭いセリフを言ったものだと思う。思いっきり後悔しながら沸騰したような頬の熱を冷まそうとしていた。しかしすぐに忘れ去るなんて到底出来そうにもない。

当然、ショックだってあった。名前さんは俺の気持ちを"見なかった"ことにしようとしたのだ。一時の迷いだとしてもそれは確かに俺の気持ちを踏みにじる行為であり、(だからこそ付け入る隙が生まれたというのもあるのだろうけど)……率直に言えば傷ついたのだ。彼女がそんな人間だと思っていなかったから。

けれどもそれは一瞬で多分、嬉しい気持ちに変わっていた。たぶんあれは隠されていた名前さんの本質で、ひたすらに臆病な彼女の本音だ。多分、俺の行動は間違ってなかった。決着を付けたい。手応えはある。名前さんと気持ちを通じ合わせる自信は、ある。


「…………っ」


ある、けれども!恥ずかしいものは恥ずかしい!このまま練習に戻るなんて公開処刑もいいとこだが、流石にそれは無理だ。荷物だってロッカールームに置いている。問い詰められるのはもう確定のようなものだろう。狩屋はともかく霧野先輩がなあ……

溜め息を吐きながら立ち上がった。――きっと、名前さんは今度の練習試合の後、(当然多少の不安はあるけれど)きちんと"答え"を聞かせてくれるだろう。逃げられそうになったら?また捕まえれば良いだけだ。

どうしてこんなに彼女に執着してるのか分からないけれど、それが恐らく恋ってやつなんだろうと思う。「…さ、グラウンドに戻らないと、な」それにしても確かにさっきの名前さんは普段からは考えられないぐらいに弱っていて可愛かった。どうせなら独り占めしたかった。そういえば名前さんをあんな風に弱らせるような事を言ったのは誰だったんだ…?



それが幼さ故の恋なんでしょう



(2013/09/31)

最終章です。とりあえず試合前の日常。
のんびりとですが、最後までお付き合い頂ければ。