それが恋だと君は言う



「有り得んぜよ」
「なんでだろ、意味分かんないけど錦に言われるとすごい悔しい」


霧野に首根っこを掴まれた後、全員が収集されたミーティングルーム。(姿が見当たらないのは剣城と狩屋だけだ)普段は相手チームの情報を映し出すスクリーンの前に霧野に掴まれ立たされている私。これなんの罰ゲームなんだろうかと思っているあれよあれよという間に、霧野が何やらみんなに(私と霧野の)先程の会話を全て一言一句違わずにばらしたのである。悪趣味か!どれだけ記憶力が良いのか知らないが、それを聞いた全員が呆気に取られているのがもっと解せない。…解せない、はずだ。


「…な?有り得ないだろ?」
「名前、今すぐ剣城に土下座して来い」
「そうですよっ!今回ばかりは私、倉間先輩に賛成です!」
「葵ちゃんっ!?」


まさかの天使。体中に電撃が走ったかのような感覚が走り、思わず床に膝をついてしまう。「わ、私が何をしたというの…」「何をしたというの、じゃないっちゅーの!」「そうですよ!流石に無いですよ苗字さん…!」「ええええ!?」普段は楽観的な浜野や珍しく口調の強い速水にまでバッシングされ、「苗字、お前本当は分かってるんじゃないのか?」「何をですか!」三国さんまであきれ果てたような顔をしないで欲しい。流石に心が折れそうになります!


「……あの、もしかして苗字先輩、何でみんながこんなに呆れてるのか分かってないんですか?」
「……分からないって言い張るよ、私は」
「輝、俺もあんまよく分かってな」
「天馬君はちょっと静かにしてて」


がたん、と音を立てて椅子から立ち上がったのは影山君だ。(密かに私はいつか、ひかるんと呼んでやろうと計画を練っている)そしてこの状況を完全に把握出来ていない仲間だと発覚した天馬君は影山君に牽制されてしょんぼりと項垂れてしまった。可愛いなー…じゃない!そうじゃない、とりあえず影山君の方に顔を向けると「うわ、」と微かに引く声が聞こえた。何がそんなに悪いと言う…いや、心当たりが無いわけではないけど……


「や、あの苗字先輩って、剣城君が先輩の事どう思ってるか知らないわけじゃないんでしょう?」
「…………仲間とか、大事な先輩、とか」
「剣城君は先輩に告白したんじゃないんですか」
「っ!」


―――ひた隠しにしていたのに、


影山君はそれを暴いてしまった。予想していた内容をさらりと言い当てられて思わず目を見開いて口元を手で覆う。ホテルで起こった様々な事を一瞬にして思い出した。こちらに戻ってきてから、剣城私の間にあったのは特別な出来事なんかではなく以前のような日常だったから、あの……夜景の美しいホテルの一角での出来事なんて、剣城の気の迷いかと思い込もうとしていた自分がいたのだ。そう思い込まないと、――変になりそうだったから。心臓が常にどくどくと波打って、剣城を見ているのが辛くなるから。

だから、普段通りに戻ってきていたのに、もう少し時間を置いてから考えようと――「逃げようとしてたんですね?」「っ…」影山君は容赦無い。逃げたくなるのは自分を保ちたいからだ。だって、こんな感情は誰にも抱いたことがなかった。自分の知らない自分なんていらないし、ただただ怖いだけ。剣城と目を合わせられなくなるのが嫌で押し込めていたのに、剣城と普段通りの会話が出来なくなるのが嫌で隠していたのに、





『――好きです、名前さん』
『迷惑なんかじゃない。嫌いだったら、俺はあなたと手なんて繋がない』




――南沢さんは、とても強引だった。断れない私を思うがままに連れ回した。勿論楽しくないばかりでは無かったし、全てを忘れてしまうほどに思い出深くなかったわけじゃない。でも、剣城は全然違った。

とても優しい言葉がひたむきだった。南沢さんが私に向けてくれたものが恋愛感情なのだと思っていたから、剣城の向けてくれているものも恋愛感情だなんて…未だ、実感が沸かない。それでも一緒に時間を過ごしたいと思うのは剣城で、一緒に時間を過ごしたいと思うその欲求に従うのならば、この浮ついたよくわからない、ふわふわとした何かに身を任せたら私は剣城と一緒に時間を過ごす事に耐えられなくなる。

だから、だから逃げたくてしょうがない。

――何より、剣城に貰った言葉のことと、向けられた感情を表現されてしまったことは一人、胸の内側に隠しておきたかった。誰にも見せたくなんてなかったし、暴かれたくなんてなかったのに……しかし、肯定してしまった。自分の口から出たのは普段では考えられないようなか細い声で、掴まれていた首元が一瞬で軽くなったことから霧野が手を離した事が分かる。

霧野に『剣城と親友になりたい』と言ったその言葉は嘘じゃない。剣城が好きだと言ったのだって嘘じゃない。私は剣城が好きだ。仲間としては当然のことだけれど、もっと違う目でも剣城を見ている。でもそれが恋心かなんて、本当に何も分からない。



「知らない、知らないんだってば…!」



認めたらおかしくなってしまう。認めたら、認めたら――「剣城が本気かどうかなんて、」私は知らない、知ることができない。知ってしまったらどうなるんだろう?喜ぶの?落胆するの?知って尚、今のような行動を続ける選択を取ってしまうの?


「それじゃあ名前」涙は流していないものの、ぐしゃりと歪んだ顔を隠した私の近くに歩み寄ってくる影があった。声ですぐにそれが誰だか分かってしまう。「……典人」「おーおー…お前がそんな顔すんの、何年ぶりだよ」失礼な言葉のくせに、どこかほっとする響きを含んだ声。今日だけは名前で呼んでも怒らないんだなんて、軽口を叩く余裕もない。「教えてやろうか?」…何を、教えてくれるの?




「今のお前は、全然変じゃない。普通だ」




とても優しく微笑んで、それが恋だと君は言う

(だからそこから逃げるなと)

(2013/08/27)

知らないふりはやめにしよう