過去拍手/梅雨番外


「………あ」


ぽつり、ぽつぽつ――――ざあぁぁぁ………と、一斉に鳴り響く雨音はまるで音楽のようだ。校門へ踏み出そうとしていた足を戻してサッカー棟の入口に駆け戻る。

部活帰り。今日は一日中曇天だったが、まさか……このタイミングで雨が降るなんて聞いてないですよお天気お姉さん……今日は掃除当番だったから、一番帰るのが遅くなったのだ。置き傘なんてないし、携帯電話は持っているけれどまあ残念な事に、私のタッチパネル式の携帯電話を面白がってゲームをやり始めた男共にバッテリーを全て消費させられてしまったのだ。一体どれだけ容量の大きいゲームをプレイしたのだろうか。――とまあ、そんな事を考えているうちに雨はますます激しくなりはじめた。風も強いから雨粒が屋根に遮られない角度から降り注いでくる。

「うわ、濡れる濡れる!」叫んで自動ドアに駆け寄りサッカー棟へ逆戻り。この雨なら明日まで降り続けるのだろう。どう見てもにわか雨ではないその雨雲は雷を携えているわけではないのだが、見渡す限りの空に広がっていた。ガラス越しに見えるグラウンドのサッカーゴールがぐらりと揺れた。さて、どうしよう?どうやって家まで帰ろうか。


「………お?」


赤い傘を持ったまま走ってきて、校門に駆け込んで来る人影が見えた。奇抜な上改造しまくりで、しかし本人に似合っているその制服には身覚えがあった。遠く離れているはずなのにジャラジャラ、と彼の腰についている鎖の音が聞こえる気がする。その影は剣城だった。多分間違えてはいない。校内で一年生ながら、あんな改造制服を着ているのは剣城だけだ。

しかし、何故剣城は戻ってきたのだろう?「……あ」もしかして、忘れ物でもしたのだろうか?それならば心当たりがある。少し駆け足でミーティングルームを覗き込むと、明日誰の物なのか問いかけようと思っていた、椅子にかけられたままだったジャージの上着を机の上から取り上げた。「これ剣城のだったのかー」先程掃除を終えたときに気がついて、とりあえずシワになったらいけないと思って畳んでおいたのだ。いやしかしこれはラッキー!剣城がここに戻ってきたって事は、傘に入れてもらえる可能性があるということ!商店街あたりまで濡れないで行ければもう私、勝ったも同然だ!ジャージの上着を胸に抱えてミーティングルームを飛び出した。さあ帰るぞ!今日のサッカー中継を見ない事には夜眠れな、


「早速剣城に届けっわ!?」
「――――っ!?」


**


「いやー、本当ごめん。本当にごめん。そしてありがとう!」
「俺はまだ痛いですよ、衝突した頭……何で先輩って弾丸みたいなんです?」
「弾丸のように強いってこと?」
「落ち着きが無いって事です」
「……返す言葉がありゃしねえ!」


痛むおでこをさすりながら苦笑すると、「もう少し落ち着きを身につけたらどうですか?」……わーお、手厳しい後輩の声になんだか刺を感じます。何故?「……俺じゃなかったらどうするんです」「何が?」「……誰もいない放課後の部室で、一人なんて」「それって強盗とか?無い無い!来たとしても返り討ちだって!」「まあ、そうなるでしょうけど……」剣城の言葉にはキレがない。

ジャージは剣城のものだった。で、それを持って玄関に飛び出そうとした私はミーティングルームに飛び込んできた剣城と見事衝突したのである。身長はほぼ変わらないからおでことおでこがコッツンコ☆ではなくグォッツンコォ!とばかりに。痛みはじわじわじわじわと額を占拠し、しばらく私も剣城も痛みに悶えていた。うん、もう二度と誰かが来ると分かっているときには部室を飛び出さない。

「でも、」「…もしも、」ぶつぶつと呟く剣城は私を見ていなかったので、歩きながら私は剣城の傘を見上げた。赤い大きな傘で、現に二人並んで歩いていても私の体は濡れることがない。鞄は濡れているけど、流石に持ち主と持ち主の荷物を雨に濡らすわけにはいかないので一応遠慮気味に剣城から一歩、距離を取った。雨風に晒されないだけ有難いのだから贅沢は言わない。


「先輩、濡れますよ」
「私がこれ以上入ったら剣城の荷物が濡れるでしょ?」
「そんなの気にしないんで。先輩が風邪引くよりマシです」
「いや、私めったに風邪なんて引かな、」
「世の中何が起こるか分かりませんよ?」
「…………ハイ」


『何が起こるか分かりませんよ?』のところで剣城の目が有無を言わせぬものになったので珍しく素直に返事をすると、「…えっ、今日って台風でしたっけ」という返答が帰ってきた。失礼だがなんというか、言い返せないので一歩の距離を空けたままにしておく。傷ついたぞアピールでもしてやろうかこのまま、と頭の中で考えていると剣城の方からその一歩を詰めてきたので声に出さないまま少し驚いた。やだ随分積極的ですね後輩君。


「どこまで送ればいいですか?」
「え!?いやいや、剣城と道が分かれるとこまでで良いよ」
「もう過ぎ去ったんですけど」
「……まじすか」
「どうせなんで、このまま家まで送りますよ」
「ごめんそれだけは勘弁して」
「…何でですか」
「赤飯炊かれちゃう」
「良いじゃないですか、赤飯」
「いやそういう問題じゃなくてね?」
「俺好きですよ、赤飯」
「剣城君話聞いてらっしゃいますか」


お裾分け待ってるんで、と口を緩めた剣城の顔は意地悪い笑顔だった。よろしい、ならばお赤飯は私が全部食らい尽くしてやろう。


雨と赤飯と相合傘と

(次の日、先輩のお弁当は赤飯一色だった)

(2013/05/29)


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