入れ込む理由



名前さんの寂しそうな呟きを聞いた、数日後。

授業を終えて、部室へと向かうと神童先輩と天馬がサッカーボールを小脇に楽しそうに会話を弾ませていた。俺が入ってくる音が聞こえたのだろう、神童先輩が振り返る。


「剣城、ちょっと来てくれ」



――――

―――

――





「練習試合?」
「ああ、音無先生がさっき来てな、申し込みがあったらしい」
「剣城は土曜日大丈夫?」
「大丈夫ですよ、出られます」


練習試合は久しぶりな気がする。公式大会や時空を超えたりはせど、他校と練習試合をする経験は俺としては少ないように思えていたから、天馬の「俺、ワクワクするよ!」との声にも心の中でだけだが、賛同出来る。――そういえば、練習試合だよな?公式戦でないのなら、名前さんがもしかして出られるんじゃなかろうか。ぼんやりと、一緒のフィールドに立つ様を想像してみると、それはとても素晴らしいものに思えた。何より元気が無さそうだったから、サッカーをして名前さんには元気を取り戻して欲しい。


「それで神童先輩、どこと練習試合なんですか?」
「ああ、それはな――――……」


**


"あの人"は多少強引なんじゃなかろうかと思いつつ、タオルで汗を拭う。練習試合の事、お前から名前に伝えてやってくれと神童先輩に言われてしまった。部活の合間、休憩時間で全員がそわそわと名前さんと俺を見守っていて……おそらく、普段ならば名前さんは練習試合に出られるとなると喜びでダンスでもしてしまうのだろう。特技がブレイクダンスだと前に聞いた事があるのもその推測を裏付けていた。しかし……対戦相手が対戦相手。名前さんが喜ぶかどうか、俺には分からない。

とにかく、言わねばならない。名前さんに分かるように、ゆっくりと彼女の正面に歩いていく。おい狩屋、今口笛吹いたろ。後で覚えてろ、デスドロップな?


「名前さん、」
「おーれたちは、いまーこのしゅんかーん……どしたの剣城」
「今週末、練習試合するらしいです」
「まじで!?」


飢えた獣が生肉に飛びつく勢い。下がっていた気分を鼻歌で盛り上げようとしていた名前さんは俺に噛み付く勢いで文字通り飛びかかってきた。「やったー!」「っ、うわ!?」いくら名前さんが異性とはいえ、いきなり衝突されたら俺だってたまったもんじゃない。弾き飛ばされた俺はグラウンドに転がった。ご丁寧に全員がそれを避けてくれたので、何回転か転がった俺はふらつく頭を抑えて(情けないところを見せたくないというのが大きい)、ゆっくりと起き上がった。惚れた弱みがあるとはいえ、じろりと名前さんを睨んでしまう。……悪意は無いし、説得力の無い睨みだというのは自覚しているから誰も何も言わないでくれ頼む。


「っそ、そんなに嬉しいんですか……?」
「当たり前じゃんか!うわー、神童神童!拓人様よ!私試合出られる!?」
「あ、ああ。――相手からの要望でな、是非名前を出して欲しいと」
「………は?」


あ、名前さんが固まった。

正直に言おう。ずっと思っていたのだが……名前さんはかなり、察しの良い鋭いタイプに分類されるだろう。特に自分にとって不利益なものには敏感に反応する。名前さんの首筋にたらりと冷や汗が垂れるのが見えた。や、違う、別にやましい気持ちがあって見ていたわけじゃない!名前さんを見ていたら目に入っただけだ!


「……ねえ神童、もしかして対戦相手ってさ……?」
「ああ、対戦相手は…ってどうした名前、顔色が悪いぞ」
「や、うん、気にしないで。いや対戦相手、誰!?」


嫌な予感を確信に変えたらしい名前さんが神童先輩の肩を掴む。引きつった笑顔を浮かべながら詰め寄る名前さんの表情に神童先輩が焦っていた。なんて珍しい!「本当に大丈夫か?」「大丈夫大丈夫!で、」誰?と有無を言わさない口調。その余りの迫力に傍観していたはずの部員達が、何事かと本格的に二人に注意を向け始めた。


―――答えだけ、先に告げてしまおう。


「対戦相手は月山国光だ」
「………まじ、で?」
「ああ、名前だって知ってるだろ?―――南沢さんからの申し込みだ」



彼が彼女に入れ込む理由

(それをどうしても知りたくてたまらない)


(2013/08/05)