いいえ、爆弾でした
※剣城視点


「な、なに、なにが、」
「とりあえず隠れて!」


窓から入ってきた名前さんに呆然としていると、そのまま腕を引かれて図書室の掃除用具入れの前へ。「や、ちょ、どこから!?」「窓から入ってきたの!詳しい事は後で話すから…!」どこか必死で青い顔をする名前さんに、そう懇願されるように言葉を返されては従うしかない。大人しく引かれる腕をそのままにしていると、名前さんはその用具入れの影に俺を引っ張り込んだ。ぐい、と俺を盾にするように引っ張って、用具入れと俺を影にして隠れる。腕は握られたままで、彼女はそれを離す気は全く無いらしい。


「……一体何が、」
「静かに…!」


流石に事情を知りたくて小声で声をかけるも、鋭いながらも潜められた声にそれは遮られた。「お願い、ちょっとでいいから…!」……誰だこの人。……誰だこの人!?こんな小さく丸まって苦々しげで、でも青い顔をしている姿は普段のあっけからんとした名前さんの姿からは想像出来ない。頷くと、彼女はほっとしたように息を吐いた。そして、俺の制服の裾を握り締める。……なんだこの可愛い生物……って、そうじゃない!事情は飲み込めていないけれど、とにかく名前さんが逃げてくるなんて一体何があったのだろうか。



「名前ー?」


「………この声……」
「き、来たあああああああ………!」


かつん、かつんと廊下から響く足音。響くのは低音の、どこかで聞いたことのある声。「……呼び捨て?」いや、これは失言だったか。しかし一番気になったのがそこだった。「や、違うから、そういう関係ではない…から」そして名前さんの否定もどこか弱弱しい。どうしてこうなった?充実していたはずの日常が崩壊していくビジョンが流れる。……俺、ちょっと名前さん惚れさせられてる自信が少しはあったんだけど何?昔の男?男なのか?中学二年なのに?どういう関係だ?でも名前さんは今、俺を頼って―――………



がらり、



扉の開く音。「―――ッ!」「っ、」名前さんが必死で声を噛み殺し、俺は息を呑んだ。「おい、どこだ名前ー?」……あれは、南沢……南沢さんだ。月山国光に転校した、元雷門の三年生でサッカー部のFW。正直に言おう、何で逃げてきたのかまったくもって分からない。内申に拘っていたのは知っているが、悪い人ではないはずだ(実質雷門メンバーとはきちんとホーリーロードで和解していた)。


「……ま、ここには居ねぇよな」
「(それには同感です、南沢さん)」
「チッ、あいつどこに逃げたんだ……」


がらり、とん。引き戸の扉が閉められる音がして、「「……はあ……」」二人同時に息を吐き出した。まあ、確かに普段の行動から考えて名前さんが図書室なんてのは思いつかない。しかし何があってこんな事になったのか。座り込んでしまっていた名前さんの腕を引いて、ゆっくりと引っ張ると素直に立ち上がる名前さん。目線の高さはぴったり同じだというのに、今日の彼女は俺と目を合わせようとしない。「名前さん、説明して貰いますよ!?」「……ハイ」そして素直なこの返事。明日は大雪なんじゃなかろうかと思いつつ、俺たちは並んで壁に背を預けた。


**


「………タチの悪い冗談ですか?」
「それだったらどんなに良いかと私も思う」


よく分かんないんだよ私も、と名前さんは呻く。「どこを気に入られたのかなんて知らないし、でもおばあちゃんへの印象は凄く良いの。おばあちゃんは南沢さんの事凄く気に入ってるしさ……なんでこんな事になったんだか……!」手回しの速さが恐ろしい、と名前さんは再び頭を抱えた。俺は呆然とすることしか出来ない。


「……要するに、南沢さんと私は私のおばあちゃんと南沢さんの間の口約束だけだけど、」


―――"婚約者"ということになる、



スパイス?いいえ、爆弾でした



(2013/07/18)

どうしてこうなったのかは次回。