女の子らしくなったのでしょうか


羞恥心に耐えながらも、サインを選んだのはきっと正解だ。
サッカーと…それから剣城もいたらそれでいいかな。


「名前さん、こっちです」
「おうよー!今行く!」


ほんの少しだけ、手を振って笑みを見せてくれる剣城に思わず頬を緩ませた。そう、本当はもう気がついている。私は剣城の事が――……








「……という展開は無かった、と?」
「霧野は私と剣城にどんな夢を見てるのさ」
「それぐらいの夢でも見ないと剣城が可哀想になるんだが」
「言ってやるな倉間」


神童の窘めに憐れむような目線を剣城に対して送る倉間。先程の笑顔の剣城と私の映像はあくまでイメージなので誤解無きよう。自分自身が剣城に対して抱いている感情は未だ友人以上の何かには感じ取れていない私である。

ここは空港の一角で、私と剣城は神童家の自家用ジェットで飛び帰ってきた。驚きをじっくり噛み締めたとでも言うべきなのだろうか。神童家の財力は恐ろしい。ちなみに空港に着くと手をぶんぶんと振る神童と、目をきらきらと輝かせた霧野。それから本気で嫌そうな顔をする倉間とそれを嗜める天馬君がいた。天馬君は現在剣城と一緒にこの場を離れている。どうやら剣城に土産を頼んでいたらしいのだが、剣城が忘れていたのだそうな。


「で?名前、許可は貰えたのか」
「…………………まあ、うん」
「珍しく歯切れが悪ィな?どうしたんだよ」


倉間の言葉のせいで脳裏に蘇るのは自分の恥ずかしいセリフと母の恐ろしいまでの行動力。「うわああああ!!!聞くな!倉間のくせに!!」「おっま……えは!何すんだいきなり!」私に恋を教えてよ、と自分の声が耳元でリピートされるたびに頬が熱くなってしょうがない。「う、うううッ……!」「流石倉間だな、名前の八つ当たりの拳を全て綺麗に回避してる」「連れてきて良かったな、俺はあれを避けられる自信がない」「お前ら!」今度は足も繰り出してみるけど、倉間の回避能力は更に上を行くらしい。跳躍でひらりと躱される蹴り。それを傍観しながらのんびりとジュースを飲む霧野と神童。


「何やってるんですか」
「おう剣城、お前が止めてやらないと倉間がちょっとヤバいみたいだ」
「止めろ剣城ィィィィ!こいつ、段々、本気にッ!」


**


名前さん、やめてください。「……うわ、あああ…」優しさを孕んだ声が耳元に落ちてきて思わず止まってしまった体。空港での事を思い返すだけで恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。「あう、ううう……っ!」

空港からの帰宅路。送っていくと言われる前に恥ずかしさで空港を飛び出してきた私は普段の数倍の速さで走ったらしい。神童から『追いつけなかったからまた明日学校で』というメールが入っていたのを今携帯で確認したばかり。

ああ、私は何でこんなに恥ずかしかったり悩んだりしているんだろうか。どうしてあの場であんな事を口走ってしまったのだろうか。『恋を教えて?』……時間を巻き戻せるのなら本当に全ての力を使って巻戻して、あの言葉を口走る私に全力で化神シュートを叩き込んでやりたい。「……少女漫画の主人公か、私は」なんて分不相応で不釣り合いな単語だろう。今までそんなものに憧れはまあ、抱かなかったといえば嘘になるけれども縁の無い世界だと確信していて疑わなかったのに。


「剣城も物好きだよなあ……」


がらごろと響くトランクの音が少しだけ気分を紛らわせてくれた。人気の無い道で一人、帰宅路を歩きながらぶつぶつと呻いている私はどこからどう見ても立派な変人である。「そんな物好きが大好きな私も私だけどさ、」私の大好きは、剣城の好きとは明らかに違うのだ。



「私、剣城を恋愛対象として見ていけるのかな」



応えたいとは思うのに、応え方が分からない。剣城を特別と思える日が来ると信じたいが、来なかったらどうすればいいのやら。「――……好き、か」今、私は自分の世界に新たな概念が誕生したような感覚を味わっている。いや、事実そうだ。"そういう目線"で異性を見ることなんて今までに無かった。トラウマだのなんだのとあるわけでは決してないのだが……いや、原因は両親にあるのかもしれない。まだ二人が日本にいたころは私が居ようが居まいが構わずイチャつかれていたからな!ドン引きするレベルのイチャ付きっぷりだったからな!毎日母にバラの花束を送っていた父親のイメージが強すぎて、逆に萎えたというのがあるのかもしれない。いや、やはり無いのかもしれない。

要するに、まとめてしまえば恋愛なんてまだ分からないお子様なのだ。


「………あ、おばあちゃん」


ふと顔を上げると、普段歩く道の途中に祖母が見えた。大好きな祖母は静かに顔を動かして(多分私の帰りを)待っているらしい。思わず足が早くなる。「おばあちゃん!」「……名前?」お、おやおや?あ、あれあれー?おかしいな?おばあちゃんの声が普段より冷たい?


「お帰りなさい、名前」
「う、うん……ただいま?」
「話は全て聞いています」


ど、どうしたのその口調。普段は「お帰り、お茶でも飲むかい?」と急須からお茶を注いでくれる祖母が、優しい物腰柔らかな祖母が敬語になっていらっしゃる!?「…あ、もしかして全部って事は……」「サッカーの事も聞きました」「ですよねー!」父さん覚えてろ!祖母は私がスポーツをするのを快く思っていないのだ。「…お淑やかにする、という約束は?」「オボエテイマス」「なら今回、黙って道路工事なんて大和撫子に程遠い行為をしていたというのは」「ジジツデス」おばあちゃんやめて、襟首掴まないで!ほらさっきまでの雰囲気が台無、


「5時間正座していなさい」
「鬼か!」
「……6時間、正座していなさい?」
「ちょ、ちょっと待って!」
「何かしら?」
「ゆ、夕御飯はどうなるんですかおばあ様」
「抜きです」
「えっ!?」
「正座なさい」


正座よ、と笑顔で襟首を掴んで祖母に家へと引っ張り込まれていく。「や、やだやだ!正座嫌だ!」「じゃあサッカーをやめて華道をs」「ヤッターセイザダワーイワーイ」半分涙を流しながら六時間の正座に向けて腹を括る。そうだ、剣城の事は正座しながら考えよう!


――こうして、私と剣城の関係は少しだけ変わった。



少しばかり、女の子らしくなったのでしょうか



(2013/06/26)

バイト編という名のアメリカ回終了です。
次回からはライバル編(という名の南沢さん編)という予告。