こんにちは



「それじゃ、帰る時にはこの電話番号にかけてきてくださいね。僕は適当に時間を潰してきますので」
「………は、はい。ありがとうございます」


ここはどこだ。アメリカだ。アメリカ……だ。朝日が昇ったばかりの空をバックに神童家の自家用ジェット機が飛行場の一角でゆっくりと移動していた。車で人通りのある場所まで送ってくれた、まだ若い神童家の専属パイロットに頭を下げる。


彼を見送った後、車が行き交う道路に一人になってしまった。まだ朝も早いうちから通学鞄と押し付けられたパスポート、それから地図を持ってニューヨークの街に突っ立っている俺。どういうことなのか、誰か説明してくれ!いや本気で!切実に!俺は説明を求めている。この際天の声でもなんでもいいから俺に何が起きたのか全てを話して納得させて欲しい。


「………わけ、わかんねえ」


目の前には地図の中央に記されたマークのあるビルが立っていた。地図の矢印に従い道を歩けば、どうやらホテルに辿り着くらしい。『7012』という番号は部屋番号なのだろうか。「……もうどうにでもなれよ」鞄を背中に回し、見知らぬ街を歩き出す。


**


「………わけ、わかんないや」


朝になったばかりの真っ青な空を飛行機から眺める。飛行機に慣れていないわけではないが、今日は眠る程の余裕を持ち合わせていなかった。思い出すのは昨日の剣城のことばかり。


「何で私、あーんな事言っちゃったんだろーなあ……」


ショックだった。ただ純粋に大きなショックを受けたのなんて何年ぶりだろう。絶好調だった人生ゲームで、いきなり借金を抱え込んでしまったかのような気分だ。


「………剣城」


なんで私は、剣城の名前を呟いているんだろう。「特別じゃないって言ったら嘘になるし…?」うん、久しぶりだった。剣城といると純粋に、他の人と過ごす楽しさとは違う楽しさが味わえたから。だから、避けられていると思った時は『そんな事はない』と思い込もうとして……ああもう!なんでこんなに頭の中は剣城ばっかりなんだ!これは誰だ。私だ。名前だ。自分が自分じゃなくなるみたいだ、剣城の事を考えてると。


「……そっか、私」


――後輩ってだけじゃなく、親友レベルにまで剣城の事考えてたんだ。


「だから、かなあ」


すっと心の中に落ちてきたその考えは、自分のもやもや感を少し取り払ってくれたようだった。大事な友達だからこそ、こんなに私は苦しいのか。気がつかないうちにやらかしてしまっていた何かを必死に記憶から探し始める。剣城がどうして傷ついていたのか、私が謝った時にどうしてあんなに悲しそうな顔をしたのか―――知りたくて、聞きたくて、たまらない。


「……会いたいな」


出来ることなら、今すぐに。目を閉じたら夢で会えたりしないかな?そしたらすぐに謝れるのに。謝罪が間に合うのなら、また仲良くしてくれと手を差し出すことだって出来るのにと目を閉じた。二度寝?大丈夫、到着するまで後一時間あるんだから、この眠気をなんとかしてしまいたい。本音を言うなら、もう何も考えたくないや。


**


「うん、何も考えたくないのはいいんだけどな?だからってこっちの都合無視して呼び出さないで欲しいんだ」
「ごめんね父さん」
「反省してないな?」


空港で待っていた父さんに「てへっ?」と精一杯の可愛いポーズをして見せたが、「何しに来たんだ」という失礼な言葉が帰ってきた。ひっでえ…!それが娘に対する態度でいいのか。「お前が来るとハニーがお前にかまってばかりになる」「……公共の場で母さんをハニーって呼ぶのやめてくれる?」「嫌だ」ああうん、もう父さんには何も言わない。


「サッカーしたいから頼みにきたの」
「……部活なら許可しただろう?」
「ちーがーう!後で詳しい事は説明するよ。母さんもホテルに行ってるんでしょ?」
「ああ、まあな。しかしお前が旅費を全負担してこちらに来るとは……」
「緊急なの。すごく大事な用事だからね」


飛行機代なんて中学生にとってはバカにならない金額なのだ。しかし、それでも私が両親の住むニューヨークに飛んできたのには理由がある。普段の態度をかなぐり捨てて、真面目に働く事を理事長先生と校長先生に土下座して頼むぐらいには重要だ。ちなみに普段へらへらと緩めている口元も意識せずに引き締まっているので、いかに私が本気かということが父親にもなんとなく伝わったらしい。「車を外に停めてあるから」「ありがと」トランクを引きながら、空港の外を目指す。さあ、母さんに会わなければ。


**


その時俺は知らなかったのだが、それは先輩がが空港から出たのとほぼ同時刻だったらしい。


「…………は?」
「あら、可愛いお客様ね。どちらさま?」


とあるホテルの一室で、俺は先輩とそっくりな美しい女性と対峙していた。



ニューヨークからこんにちは



(2013/06/08)


夢主母と父の登場。
夢主家は 父→(世界で一番お前が美しいよ)母→(残念に育ったけど後悔してないレベルに大好き)→夢主→(おばあちゃん好き!)祖母→(世界に誇れる自慢の息子)父
こんな感じで全員一方通行です。今決めました。
本当は出す予定の無かった方々。

ちなみに夢主の剣城への想いの認識は鈍感とかじゃなく、本気です。カワイソウ