五万打企画/弱点探し


「苗字先輩、僕、先輩に聞きたい事があるんです」
「急にどしたのー?信助の質問なら何でも答えちゃうよ!」

「先輩って、苦手なものとかないんですか?」


背の低い信助が、本当に不思議そうな顔をして先輩を見上げてそんな事を口にしたのが今回のそもそものきっかけだった。


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一番最初に耳をダンボにさせたのは倉間先輩。一瞬反応が遅れて他の全員も何気ないふりを装って二人の会話に必死で耳をすませた。特に傍目から見ていても倉間先輩は生死がかかっているかの如く必死だった。まあ普段の不憫な待遇を見れば本当に…なんというか、心境お察ししますと言うべきか。ちなみに先輩は今俺の目の前で信助と話しているので、汗を拭っているふりをすれば自然と会話は聞こえてくる。ええ、興味津々ですよそれがどうかしましたか。俺だって気になるものは気になる。


「苦手なもの?」
「要するに先輩の弱点です!」
「それを知って信助は何をするつもりなのかなー?」
「ええ!?た、ただの興味本位ですよ!」
「ほんとに?んー……弱点、かあ………弱点………」
「ほら、嫌いな食べ物とか」
「嫌いな食べ物………」
「虫が苦手だとか、何かの動物のアレルギーだとか」


片手をあごにあて、首をかしげる先輩が可愛いなーと思ってしまう俺は多分末期なんだと思う。今は間違いなく関係ないけれど。しかし弱点……色んな事柄を並べる信助に対し、先輩は信助を抱きしめる手を緩めないまま必死で悩んでいるらしかった。まるで考えた事が無かったかの様子である。ちなみに俺の場合は人間で言うなら天馬(の俺を後押しする言葉)とか?…あとは先輩だろうか。最近俺は彼女に対して相当弱くなっている気がする。当初はドン引きしてたのに。


「ないわ」
「「へ?」」
「……へ?あ、剣城どうかした?」
「え、あ、いやなんでもないです」


こちらを振り向き不思議そうな顔をしてきた先輩に"違う"と意思を込めて手を振り、誤魔化すためにドリンクを煽った。びっくりした、『ないわ』って俺に言われたのかと一瞬思ったじゃないか。特別な感情らしいこんな気持ちを抱いている相手に自分の気持ちを『ないわ』のたった三文字で片付けられた〜なんて事でなくて本当に良かった。安心と同時に溜め息が漏れた。どうやら先輩の『ないわ』は『弱点が』ないわ、という意味らしい。というかそれしか考えられない。


「ないんですか?先輩の弱点」
「うん、無い!自分じゃ分かんないってのもあるかなー?」
「嫌いな食べ物は?」
「わっちゃあ何でも大好きじゃけん」
「喋り方にはもうツッコミませんけど、ほらアレルギーとか」
「動物は何でも好きよ?ほらチーターとかこう……ぞくぞくするよね」
「その恍惚とした表情は……いやなんでもないです」
「だって別に苦手な教科があるわけじゃないし、苦手な先生とかもいないし、むしろ先生の方が私を苦手にしてるみたいだし?」
「あ、ははは………」
「病院が苦手かって聞かれても、そもそも病気しないし?」
「あの、先輩」
「あとは――――ん?どしたの?」
「……ごめんなさい」
「えっ?な、なんで謝るのさ信助ーっ!?」


本気で気まずそうな信助の謝罪に対し、混乱しているらしい先輩。誰からともなく信助……ではなく全員が倉間先輩に向かって手を合わせた。「な、なんで俺に合掌してんだお前ら!」倉間先輩、頑張れ。


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「……しょ、しょーがねーだろ……名前をぎゃふんと言わせられるかと思ったから……」
「だからって後輩に頼るなんて恥ずかしくねーの?」
「あいつから逃げるためんなら俺はプライドだって捨ててやる」
「倉間くん……」


呆れたような速水先輩の目がじわじわと倉間先輩を責め立てる。浜野先輩は信助に「お疲れさーん」と倉間先輩の鞄のポケットに入っていた飴玉を信助に手渡していた。「わあ、ありがとうございます!」「おいこらそれ俺のチェルシィィィィィ!」ぱくり、と信助の口の中に消えていくヨーグルト味。どうやら先程の弱点の質問は苗字先輩が信助に甘いのを知っている倉間先輩の犯行だったらしい。腐れ縁だというし、自分から聞くのは恥ずかしかったのだろう。かといって女子に聞くのを頼むなんて流石に自尊心が許さなかったらしい。ということで信助に白羽の矢が当たったんだとか。二つ返事で了承したらしい信助も信助だが。

練習は終わり、ここは更衣室。既にほぼ全員が着替え終わっており、話題は先程の『先輩の弱点』というあのやりとりについてだった。思い出したのだろうか、青山先輩が溜め息を吐く。


「苗字ってたいていチートだよなあ」
「俺、あいつの原動力ってなんなのかすっげえ知りたい」
「名前は弁当も俺より多く食べているんだ。なのに太らないしむしろ細い。それなのに筋肉は太すぎず細すぎず、更には怪力…」
「あいつは大魔王か!」


霧野先輩が釣られて溜め息を、神童先輩はお昼時を思い出すかのように目を閉じる。ここで初めて先輩がかなりの大食らいだということが発覚(流石に見た目が女の子のようで細いと言っても、神童先輩だって伸び盛りの中学生男子だ)。最後に倉間先輩が椅子に体を投げ出しながらヤケになって叫んだ。しかし大魔王には異議を唱えたい。


「おい倉間、流石に大魔王はないと思うぞ?」
「そうだド。一応苗字も女子だ……ド」
「え、ええー……?」


口を開こうとすると、俺よりも先に車田先輩と天城先輩が倉間先輩に失笑しつつ指摘する。(天城先輩が自信なさげだったなんて俺は信じない)倉間先輩はかなり不満そうで「目が腐ってンじゃないですか?」うわドストレートに酷い事を…しかも真顔で言うものだから、それを聞いた半裸の狩屋が俺を見て吹き出した。よし後で覚えてろ、デスソードの味を教えてやるから。

俺が狩屋を睨みつけるのを見て、影山が慌てている。……が、おい影山お前も俺見て口元緩ませるんじゃねえよ。と、そんな事をしているあいだにも倉間先輩達の会話は続いている。耳を澄ませると、どうやら何も発言しなかった雷門の母親ポジションこと三国先輩に意見を求めているらしかった。反射的に耳をすませる。


「三国さんはどう思います?」
「あいつは大魔王よりもっと恐ろしい何かだ」
「だド」
「ああ」
「結局車田先輩達も同意見なんじゃないですかっ!……あ」




「剣城くんのはフィルターかかってるからじゃない?恋の、ね!」
「狩屋ァァァァァ!」


思わず反応してしまったと思った時にはもう遅い。獲物を見つけたかの如くらんらんと光る狩屋の目は楽しそうにつり上がっており、口元はにやにやと……ああもう!どうしてこうなった!?「えっ!?」「えええっ!?」「おい正気なのか剣城!」「ド!?」「……なん、だと?」「ちゅーか、勇者……」「あっ悪い剣城、俺が狩屋につい」犯人は霧野先輩か!サッカー部の全員の視線を一身に浴び、天馬の「剣城、俺応援するよ!」…なあ天馬、お前って時にすっげえ残酷だよな!俺その笑顔で色々とトドメ刺されたんだけど。精神的な意味で。良い方じゃなくて!


「はー………名前にも春が来るのか」
「神童先輩、そのセリフすっごくおばあちゃんっぽいです」
「天馬、失礼な事を言うな!俺は本気でしみじみとああ、名前に春が来たんだなあとだな」
「ちゅーか神童、それお前の方が明らかに苗字に失礼だかんな?」
「剣城、今からでも遅くない。考え直す時間ならまだあるぞ?お前は若いんだから…」
「一乃先輩はなんで俺にそんな可哀想なものを見る目を向けるんですか?」
「ああ、そうだ。言い忘れてたがこの間、剣城こいつ名前を普通の女子にしてみせるって俺と霧野に誓ったからな」
「はあ!?ちょ、マジなの剣城君!?どんだけ勇者だよ!」
「狩屋はいつか本気でデビルバーストくらわすからな!」


つうか、さっさと着替えろお前は!まだ半裸なのお前だけなんだぞ狩屋!


弱点探しは困難の道を辿る

(結局名前の弱点ってなんなんだろーな?)
(普通に考えりゃ分かるぜよ。何言っとんじゃおまいら)
(錦!?お前分かるのか?)
(当然じゃき!名前の弱点は女子と信助、それに剣城じゃな)
(お、俺ですか?)

(後は南沢さんかの)
(……えっ?)

(2013/05/23)

五万打のフリリク企画より、とじむー。様リクエストの「まいうぇい夢主の弱点のみんなで探す」でした!
ほのぼのとのリクエストだったんですが、これ明らかにほのぼのというか剣城くんのキャラが完全に崩壊してますね。本当に申し訳ありません;
時間的にはKサンドの後、これが素顔?の前あたりのお話のイメージです。本当は南沢さんの話になる予定だったんですが、予定を変更しましてこうなりました。

とじむー。様、企画参加、素敵なリクエストありがとうございました!