受け入れる暇すらなくて

「……うあー、肩凝った……」
「珍しいな、名前が疲れているなんて」
「まーね。ちょっと色々昨日は……うん」


神童に曖昧だと自覚する笑顔しか向けられない程に、顔の筋肉が引きつっているのだ。……笑顔で仕事を請負うのはいいけど、流石に昨日は疲れた!工事のラストスパートだとか言って、最初こそ女だって遠慮してた仕事仲間のおっちゃん兄ちゃん達はむしろ自分たちより体力も力もあるからと私を使いまくった気がする。明らかに気のせいじゃないよねあれ。流石に限界だって来ますよ!終始笑顔だった私を誰かに褒めて欲しいが、流石に中学生でバイトをしているとバレたら色々と厄介なので口をつぐむ。一応校長先生にだけは許可を貰ったが、極秘事項で特例だ、これは。

普段ならば校則違反なんてしないけれど(……というかバイトだって当初はする予定なんてなかったのだが)、今回ばかりはしょうがない。雷雷軒の手伝いは今後も続けるから良いのだけど、流石にいきなり万単位でお金が必要になる事態に迫られるなんて思ってなかったんですってば!まったく、飛行機代程馬鹿にならないものはない。


「……ふふ」
「どうしたんだ?何か良い事でもあったのか」
「ううん。あ、そうだ神童。明日から来週明けまで学校も部活も休むからよろしくねー」
「何かあったのか?名前が休むなんて珍しい」
「実はね、」


**


「剣城!剣城―ッ!大変だよ!」
「……何だ天馬、騒々しい」
「大事件よ大事件!とにかく大事件!」
「空野まで血相変えてどうしたんだよ」
「今!今!二年生の教室に!神童先輩に部活の事で相談しに天馬と一緒に先輩が」
「信助、お前は一回深呼吸をしろ」


教室に転がり込んできた三人にクラスメイトが不思議そうな目線を送っているのが分かる。大事件?一体何だというのか。取り敢えず息を切らせる三人が呼吸を整えるまで待つ事にする。ぼんやりと、昨日の事を思い出しながら。

泥だらけの先輩はコンビニからの帰り道でも、暗闇の中で輝いて見えたのだ。俺の知っている先輩じゃない彼女の姿に遠くなっていく事を感じながらも、アイスが溶けているのを感じながらも、それでも目が離せなかった。ずっと見ているだけ、それも何だか良い考えに思えて、自分の不確かな気持ちに決着をつけたかったのかもしれない。

そう、あの時霧野先輩と倉間先輩に『はい』と言ってしまったのは混乱して何も考えていなかったからだ。……あれが自分の本音か、と問われればノーと否定出来ない自分だけれど、どうしても恋愛感情と認めるには早すぎる気がしてならない。そう、これはただの憧れだとか親愛だとか、決して恋愛感情ではない気持ちなんだ。だから余計な意識はしないでいい。余計な意識をせずに、――ここ最近、避けていた事を謝ろう。自分でも不自然な自分自身の態度にイラついていたから、それは今日の放課後部室に行って一番にやることとして脳内にインプットされた。

はず、だった。


「苗字先輩が、今日の夜からアメリカに行っちゃうんだって!」


天馬の声が耳から入って脳がその言葉の意味を認識した瞬間、声は出なくなった。


否定を受け入れる暇すらなくて

(何も考えられない、何も聞こえない)
(……何も)

(……………何も)

(2013/05/08)