「月が綺麗ですね」


「あ、剣城、見て見て!すごく綺麗!」


練習で遅くなった帰り道。
日が暮れるのが少し早くなったせいで薄暗い帰宅路を、ちょっと寒いねえ、などと言いながら腕を擦っていた名前さんが、ぱっと顔を上げて頭上を指差すから思わずそれに釣られてしまった。見上げると確かに普段よりも大きく、美しく輝く黄金色の円形。

名前さんは足を止めて、月をぼうっと見上げていた。どさりと名前さんの鞄が落ちる音。月に見惚れてしまっている名前さんは、それにすら気がついていないようで…本当にしょうがない人だとしみじみする。彼女は夢中になれる一つを視界に入れたら、他のことはどうでもよくなるのだ。


「ねえ剣城、今日って十五夜だっけ?」
「そういえばそう、だったような」
「今日は雲も少ないし、絶好のお月見日和だね!」


お団子お団子、と楽しそうにステップを踏む名前さんの横顔を盗み見た。先手を取れればさらりと自然な流れで言えたのかもしれない。…今から言ってみようか、やめておこうか。名前さんが意味に気がついてくれないことを祈るばかりだけど、


「本当に月が綺麗だね、剣城」
「……はあ」
「えっ、剣城?何で溜息?ってどうして私の鞄、」


やっぱりこの人にはストレートでないと通じないらしい。鞄を手渡しながらしみじみとそう実感する。「…ええ、本当に。月が綺麗ですね、名前さん」「うん!」うちに寄ってお団子持っていきなよ、とへらへら笑う笑顔が愛おしかったりもどかしかったり。







(2014/09/09)