五万打企画番外編


バダップ・スリードは普段の冷静な表情を崩さないまま混乱していた。


「なあなあ、苗字の写真ってまだ残ってるか?」
「遅ぇよ!もう売り切れ――と言いたいが、お前が散々言うから一枚取っといた」
「っしゃあ!まじさんきゅーな!で、いくら?」
「そうだな……贔屓するわけじゃないが、俺とお前の仲だし。約束の写真とオマケにこの授業中眠気に必死で耐える苗字も付けて千円でどうだ」
「俺お前に一生付いて行くわ」
「やめろ気持ち悪い」


ぎゃはははははは……と男子生徒達の笑い声が廊下にまで響いた。その笑い声で我に帰る。いや、この俺が混乱するなんて有り得ない。落ち着いて状況を整理しよう。

そう、俺はさっきまで名前と図書室で勉強をしていて……俺は珍しく机の中にペンケースを忘れてしまったのだ。取りに戻って来ると言って名前を図書室に置いて俺は教室に戻ってきた。まだ授業が終わってすぐの時間だったから校内に残っている生徒も覆い。それは分かる。しかし今自分の教室内に居るのは全員男子生徒で、何故話題に名前の事が上がっている?というか一番気になるのが授業中に眠気に耐える名前、と言われてひらりとカメラを構えた眼鏡のクラスメイトが取り出した紙切れだ。あれは写真か?どうして名前の写真が金銭で取引されているんだ?


「しっかし苗字なあ……あいつ前はただのバカだったのになー」
「最近他のクラスの男子共も目ェ付け始めてるらしいぜ」
「しょうがねえだろ。つか良く見るとあいつ結構可愛い顔じゃね?」
「おっ、目覚めたか?今なら100円から写真売るぞ」
「商売上手いなお前……買うわ」
「まいどありィ!」


筒抜けの会話が耳から耳へとすり抜けていく。「100円頂きましたー!」と叫ぶ眼鏡の男子に俺は身覚えがあった。そうだ、あいつは時折ミストレの傍に現れる校内でも有名な写真屋…だったか。人気のある男子や女子の写真を撮り、彼らに想いを寄せる人物達に売る事で小遣いを稼いでいるのだとか言っていたな。

女子に絶大な人気を誇るミストレだから写真の売れ行きも良いのだろう。時折ポージングを頼んでいたがミストレはかなり乗り気で了承していた気がする。写真は彼を介して秘密裏に取引されるとミストレが言っていた。ミストレとかなり仲の良い印象を受けたので覚えていたのか。しかし……こんな風にわいわいと騒ぎながら商売をする日もあるのだな、と何故か納得してしまう(ちなみに一度ミストレが購入したという写真を見せて貰ったのだが、ピストルを構えてウインクしているというなんの役に立つのか分からないミストレ本人の写真の出来はかなり良いものだったと記憶している)。

そんな写真屋が名前の写真を取り扱っているということは―――俺と関わる事によって成長した名前。以前の面影を残しつつたくましく成長した彼女は、俺の目から見てもかなり魅力的だ。……贔屓しているのは認めよう。しかし贔屓目を差し引いても、今や名前は校内の女子の中でもかなり上位に食い込むレベルにまで戦闘力を昇華させたのだ。有名になるという事に関してはしょうがないのかもしれない。だが!俺が居るというのに何故こいつらは(今さっと目で数えたが教室に残ってバカ騒ぎをしている男子生徒は約5名)名前の写真の取引をしているんだ?俺が居るのだから望みはないだろうに。というか正直に気持ちを暴露すると、名前の写真がお前らの手元に出回っているのが不快でならないぞ俺は。


「なあなあ、今からでも遅くないんじゃね?」
「何がだよ」
「苗字だよ苗字!まだ遅くねえ!俺あいつに告白してくる」
「はあ!?お前バダップに殺されたいのかよ!」
「大丈夫だっての!つーかOKなんて期待してねえよ!」
「じゃあなんだよ、保護者ミストレに吊るし上げにされて女子の痛い目線にさらされてえの?」
「俺はどんな趣味を持ってんだ…違うって!ほらあいつ根はアホだろ?」
「……まあ、アホだな」
「戦闘力は上がったし勉強も出来るようになったが、ドジは健在だしな」
「いやあれはプラスポイントだろ。素直だし純粋なとこがまた良いよな……多分バダップとキス以上はしてないぜあれは」
「あ、それは俺も思う!一緒に居るのは見るけどあいつら時々キスするぐらいで手はまだ繋いでないと俺は見た」
「さらっとひっでえな!お前らこれバダップに聞かれてたら殺されるぞ?」
「お前は思わないのかよ」
「……まあ、思う。多分苗字が手を繋ごうと思って腕伸ばしても、バダップが気がつかないパターンだな」
「真顔で『どうした?』とか聞いてそうだ」
「うーわ苗字カワイソ……ちょっと同情するわ。南無」
「バダップの方がカタブツだろうしな。……で、だ!」
「なんだよ、もったいぶらないでさっさと言えよ」
「しょーがねえなあ……まあ、そんな俺らの目線でも小学生以下の純粋なお付き合いをしている苗字とバダップなわけだろ?」
「まあな。見ててあれはすっげえモヤモヤする」
「いや逆だろ。ちらちら隣歩くバダップの手を気にする苗字は可愛いぞ」
「そういう話じゃねえよ!脱線すんな!」
「ああ悪い悪い。で?」

「――そんな苗字に、バダップ以外の男の選択肢を与えたらどうなると思う?」

「間違いなくバダップとミストレーネがキレてそいつの命はおしまいだな」
「リスクは高い。だが、苗字は明らかにバダップで初恋だろ?つまりバダップしか知らないわけだ」
「……苗字が、照れる?」
「ご名答!真っ赤になってもじもじしながら断られるんなら俺本望だわ」
「………燃えるな」
「むしろ萌えだろ」
「最初から断られるのは決定済みなんだし、手を出したら保護者と恋人に殺される。だが貴重な照れ顔を見れるんだぜ?」
「上手く行けば廊下ですれ違うたび、教室で顔を合わせるたびにか!」
「おい!…俺も乗る」
「あ、俺も俺も!」
「くっそ、じゃあ俺も行くっての!」
「じゃあ俺カメラの整備してスタンバイしてっから」
「よォし!じゃあ全員で――――」


名前の写真を掲げて宣言した男子生徒の言葉は、最後まで続かなかった。


「させるか」
「ッな、バダップ!?なななななななんでここにィ!?」
「……殺す」
「聞かれてんじゃねえかァァァァァァ!おい逃げろ!デススピアーくるぞ!?」
「一回吹っ飛ばされた俺が保証するがあれは痛いなんてもんじゃねえ」
「何冷静に―――ってお前もしかしてマスくっぐわあああああ!」
「ああああああ俺の貴重な苗字の笑顔の写真があああああ!」
「っお、俺の小遣い千円分の戦闘実技の時の苗字の写真があああっふ!?」
「懐かしいな、この痛み」
「悟ってんじゃね………ぐふっ」


ああ、もしかして今吹き飛ばした四人のうちの一人……この男は王牙のチーム選抜の時の戦闘試験で俺に襲いかかってきた生徒の一人だったのか。頭の片隅で考えつつ名前の写真を回収する。横目にちらりと見えた写真を最初は破り捨てるつもりだったが、名前の笑顔を破り捨てる事が出来なかったのでポケットに突っ込んだ。

四人の気絶を確認し、写真屋の男を振り返る。「ひっ!?い、いつから……」「さあ?どうだろうな」いや本当は『キス以上してないぜあれは』のところで既に俺は教室に飛び込んでいるはずだったのだ。しかし思わぬ会話内容に硬直してしまった。らしくない上に――「っ、」どうしてこいつらにそんな事を言われねばならない!ああ、まったく言うとおりだ!最近名前が妙に俺の手を気にしていたのはそのせいだったのか!多分人目には分からないだろうが、俺の顔は今かなり熱い。多分、色々な意味で。


「た、頼むバダップ!見逃してくれネガだけは!」「……」「睨むなって!これも俺の商売…だし?」「……ネガを貰おうか」「いや本当最近苗字の写真はガチで売れ行きが良くて」「デス、」「分かった!分かったから!すまん本当!もう苗字の写真は売らない!」「……それで良い」


素直に差し出されたネガを受け取る。名前にも警戒するように伝えて、ああそうだ。ミストレにも報告しておかないとな。とりあえず懐にネガを仕舞い、自分の机からペンケースを取り出し教室を出た。廊下の角を曲がり、階段を下りていると「ネガがあああああああ!」という悲痛な叫びが聞こえた。まあ、名前に目をつけたのが悪い。あんな不埒な輩が増えるのは困る。……そういえば、随分長く名前を待たせてしまったな。

お詫びでもなんでもないが、今日の帰りは手を繋いでみようか。


写真騒動


(2013/05/24)

五万打企画よりむむ様のリクエスト、Liebe後日談でした!
強くなった夢主に惚れて告白しようとする男子達。会話の辺りが書いてて一番楽しかったです。

割と純粋なお付き合いというか、マイペース過ぎて色々と気がつかないバダップは隙だらけだと思われてるイメージです。あと未来でも好きな子の写真をこっそり手に入れられる、みたいなシステムが残ってればいいなあという星乃の願望の現れがここに。

むむ様、企画参加、そして素敵なリクエスト本当にありがとうございました!