そんな気分だった


「タイムトラベル!?」
「最初はそう考えてたんだけど、やっぱり規制が激しいんだ。だからこれを使う」
「……これは?」
「キラード博士に頼んで作ってもらった、過去の映像を映し出す機械」


ごとん、と重量感のある音を立てて机の上に置かれたモニターとリモコンを見つめる。
博士は徹夜したから向こうで寝てる、とカノン君は笑う。私は目を白黒させるばかりだ。


「いきなりバダップがタイムマシン貸してくれ、だなんて頼んでくるんだもん。ビックリしたよ」
「…え」
「しかも自分じゃなくて名前のためにとかもぐあっ!?」
「円堂カノン、……黙れ」


カノン君の口を後ろから自らの手で塞いだバダップは、低い威圧感のある声で威嚇する。
カノン君はごめんごめんと若干涙目になりつつ謝っている。

――二人は気がつかなかったのだが、バダップの頬は微かに朱色に染まっていた。


**


「………で、これとこれを起動して………うん、行ける!日付は間違ってない?」
「うん、大丈夫。間違いないよ」
「でもさー、よく日付とか覚えてるよね。俺だったら絶対忘れちゃう」
「毎日ちゃんと日記書いてるから」


ピッピッピッ、とカノン君がリモコンを操作する音が聞こえる。
モニターから目が離せない。――無意識に、隣に立っていたバダップの服の袖を掴んだ。
知りたい。――――――でも、でもどうして?

知ってしまうのが 少しだけ 怖い


「……ねえ、バダップ」
「なんだ?」
「………その、ありがとう。私なんかのためにここまでしてもらっちゃって」
「気にするな」


いつもと同じ、ぶっきらぼうな口調。……それがなんだか悲しくて仕方がない。
確かにずっと探していた名前も何も知らない人を、私はずっと盲目的に想っていた。
……でも、今は?


私のせいで実力を一切発揮できなかった時に、罵ったり馬鹿にしたりしなかったバダップ。
それどころか、私の悪いところを一緒に直していってくれたバダップ。
誰もが笑い飛ばすような夢物語のような話を笑わずに、協力してくれると言ったバダップ。
そして、本当に、―――こんなものまで用意してもらった。


「ねえ、……なんでここまでしてくれるの?私なんかに」


小さく、本当に小さく問いかける。モニターには砂嵐が吹き荒れていて、それをどうにかしようとカノン君が躍起になっていた。
バダップの顔を見る事ができない。本当に、どうして私なんかに?


「………そんな気分だった」
「っ」


普段と同じ、淡々とした口調。――でも今なら分かる、誤魔化されている。


「私が聞きたいのは、っ」
「あ、準備出来たよ!……どうしたの?二人共」
「……ご、ごめん!なんでもないよ」
「そう?ならいいけど」


スイッチオン!と高らかに宣言して、カノン君はリモコンのボタンを押した。



**


―――流れる風景は、見慣れた通りのもの。

―――歩いているのは、幼い頃の自分。


「あ……これ、覚えてる……!あの日の私、ワンピース着て、歩いてたの!」
「お、じゃあ成功だね!音声は流れないのかー…じゃあせめて映像は綺麗に映らないかな?」


もう少し画質よくならないかな、とぼやきながらリモコンをいじるカノン君は視界の隅にしか映らない。
画面を食い入るように見つめる。手を握り固めて、目を一瞬たりとも離さない。


そう、あの日。
私は母に頼まれて、近所のスーパーに買い物に行った帰りだったのだ。

その途中で――――


「これ、強盗?」
「……うん。丁度スーパーの近くにある銀行で強盗事件があって、犯人が逃げて来たんだ」


―――黒ずくめのマスクの男が大きな袋を肩から下げ、片手にナイフを持って走ってくる。

―――警察が後を追っているけれど、その男は丁度スーパーから出てきた私を見た。


襟首を掴み上げられて、首元に突きつけられるナイフ。
何が起こったのかもわからずに硬直していたら、―――ちくりと痛みが走ったんだっけ。
頬を伝う水っぽい何かの感触。動揺する周囲の人達がぽっかりとそこだけ穴を開けて、警察は明らかに狼狽えていた。
確か、黒ずくめの男はこう宣言したんだっけ。


「『この娘の命が惜しいのなら、今すぐ車を用意しろ』」
「………」
「この時は怖くて声も出せなくて、何も考えらんなかった」


―――死んじゃうのかな、なんて思った。

―――でも、……でも、現れたんだ。ヒーローが。


睨み合う警察と黒ずくめの男、彼らの間に緊張が走る。
再び男が何かを叫んで、……幼い私の頬に、もう一度ナイフを軽く突き刺そうとした瞬間


―――背後から音もなく現れた小さな影が、男の股間を蹴り上げた


声にならない声を上げて、私を地面に放り出して悶絶する男。
放り出された私はというと痛みなんて感じるより前に、何が起こったのかすら分からなくて。
ただ、差し出された自分と同じくらいの小さな手を握ったのだ。

アングルが変わっていく。後ろ姿から、その少年の顔へ――


「―――ッ!?」
「……見るな」
「バダップ!?な、なんで!」
「………見るな」


モニターが少年の顔を映す、……ほんの一瞬前だったのだ。
私なんかじゃ敵わない男子の力で、後ろから私の視界を奪ったバダップ。


「頼むから、見るな」


再び耳元で囁かれて、腕に込められた力が強くなる。背中に暖かいものを感じて戸惑いが隠せない。

――抱きしめ、られてる?


「身勝手だということは分かっている。……だが、お前が他の男の物になるのは腹が立つ」
「え、ちょ、バダップ?」
「ここまでしておいて……本当に何をやっているんだろうな、俺は」
「ねえ、バダップってば」
「―――好きだ」


「ただの気まぐれじゃない、お前の事が好きだからここまでやれたんだ」


頭の中は真っ白。目の前はくらくらして焦点が定まらない
好きだと。……バダップが、私を、好きだと


「お前を繋ぎ止めておきたかったんだ。だから、……俺は」
「―――もういいよ、バダップ」
「……名前」


バダップの手を、そっと自分の手で包み込んだ。――同じ気持ちだと、心を込めた。
ああ、こんなに簡単な事も分からなかったなんて、私は真性の馬鹿女なんだろう。
そうだ、私だって同じ気持ちなんだ。


「私も、バダップが好きだよ。……だから、バダップが言うなら知らないままでいいや」
「……ッ!」


カノン君にも、博士って人にもこんなに良くして貰って申し訳ないのだけれども。
でも、――大好きな人がそういうのなら、私は知らなくてもいいのかもしれない。
………ちょっと待て、カノン君?カノン君!?


「ねえねえ、そろそろいい?」
「うわあああああああ!?カノン君!?いやそのこれはその!」
「バダップ抱きついたままだし……えーと、おめでとう?」
「聞かないで!?」
「ああ、……すまなかったな、円堂カノン」
「いーよいーよ、その代わり今度何かおごってもらうから」


このバカップルめ、と呟いたのが耳に届く。どうやらお怒りらしいです
気まずくなってバダップから離れ、目線をどこにやったら良いのかわからずきょろきょろとしてしまう。
そして必然的に視界に入ってくるのは、砂嵐が吹き荒れるモニター。


「ねえねえ、それよりオレ気がついちゃったんだけど」
「?何に?」
「これこれ!」


ぴっ、とリモコンを操作すると砂嵐が解除される。
そして現れたのは、見る事はもうないだろうと思った少年の顔の一歩手前のシーン。


「円堂カノン!おい名前っ」
「あ、うん!見ない!見ないけど!」
「これってさ、」


私が手を目の前にやるより前に。
バダップが再び私の視界を覆おうとするより前に。
押された再生ボタンに反応し、画面が動き出す。


「あっ」
「なっ」

「これってさ、」



――――そこに写っていたのは、幼き日の姿のバダップだった。