分かりにくい説明だな


「……書いて来たな?」
「はっ、はい!」


私達以外誰もない放課後の図書室。空が茜色に染まる、そんな時間。
机と椅子が置いてあるスペースに向かいながら手を差し出すバダップ君に、手提げに入れていた分厚いファイルを手渡す。
私を一瞥して封筒を受け取ったバダップ君が席に着いた。……どうしよう、座りにくい
こういう時って真正面に座るものなの?でもまだほとんど交流もないし正面っていうのも失礼じゃ、


「何をしている?さっさと座れ」
「はっはい!」


指先でトントン、と自分の正面の椅子を示すバダップ君の声が不機嫌そうだったので迷う暇なんて無かった


**



「おい苗字、……お前ふざけてるのか?」
「ふっ、ふざけてないよ!?真面目に書いたよ!?」
「文法はめちゃくちゃ、漢字は間違いだらけ、挙句の果てには枚数間違えてるぞ」
「嘘っ!?30枚ちゃんと書いたはずなのに…!」
「28枚しかないが」


はぁ……と溜め息を吐く音が聞こえる。私はぐうの音も出なくてただ申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
昨日あの後、バダップ君にとりあえず反省文を原稿用紙30枚分書けと言われ…命令!されたので真面目に30枚書いてきた。
徹夜したから頭はくらくらするし、授業中は爆睡しちゃうし、最終的には倒れるし。
そして、そのペナルティとしてさっきまでトイレ掃除を一人でやっていたというのに。


「書き直し、かぁ………うう」
「別に今すぐ書き直せとは言っていないが」
「え!?それ本当バダップ君!」


鬼畜とか鬼とか思っててごめん!優しいじゃんか!


「……今日の授業、全部寝ていた挙句に戦闘練習の時間に倒れたらしいな?」
「な゛っ、何故それを」
「たった30枚でこれだ、まずは体力作りから仕込んだ方が良いだろう」
「………なん、だと」
「体力がつけばもう一度書き直せるだろう?競技用グラウンド20週。……やれるな?」
「ひいいいいいいっ!?」


やっぱり鬼畜だ!スパルタだ!優しさなんて幻想だったんだ!!


「バダップ君の鬼!鬼畜!」
「当たり前の事を言うな。…しかし少し照れてしまうな、そういう風に言われると」
「え!?」


当たり前なの!?あと何で照れたの!?


**


「………も、限界、………っ!」
「まだ五週しかしていないのに、か?」
「五週"も"だよ!………バダップ君体力おかしい………!」


たまらずグラウンドに座り込む。グラウンドのライトが薄暗い闇の中に、二つの影を映し出す。もうそんな時間だった
私の傍にやってきて私を見下ろすバダップ君を見上げる。
息も絶え絶えな私とは対照的に、息ひとつ切らしていないバダップ君は本当何者なんだろうか。


「……苗字は、どうして入学出来たんだ?」
「はは、よく言われる……っ、はあ」
「戦闘力もない、語学力もない、体力もない。……何故王牙学園に?」
「ちょ、ちょっと待って!」


すう、はあと何度か深呼吸を繰り返す。……やっと、息が落ち着いた。


「………探してるの」
「何を?」
「私の命を助けてくれて、頭を撫でてくれて、お礼も言わせてくれなかった人を」


思い出すのはまだ幼い頃の自分。
その時だって優秀ではなかったけれど、でもその子は確かに『またここで会おう』と言ったのだ。
自分の家の目の前に出来たばかりの、王牙学園を差して。


「―――分かりにくい説明だな、要するに人を探しているのか?」
「……うん。でも、それが誰だか私にも分かんないの。分かってるのは、男の子だったってことだけ」


記憶は遠いものだから、曖昧な部分も多い。でも、確かに夢ではなかった。
だからこそ私はここに入学するために必死で……死に物狂いで頑張ったんだもの。
おかしいかな、と小さく呟いてバダップ君を見やる。
彼は表情をまったく変えてはいなかったけれど、―――私の目の前に、手を差し出してきた。


「苗字は本当に、そいつを見つけたいのか?」
「もちろん!……まあ、退学になりそうなんだけどね……はは」


「―――協力してやる」


耳に届いた言葉が、信じられなかった
だって今までこの話を打ち明けた人は皆、馬鹿馬鹿しいと笑い飛ばしたのだから



「ほ、……ほんと?」
「ああ」
「――――ッ!ありがとう!バダップ君!」
「っ、いや……バダップ」
「へ?」

「バダップでいい。―――名前」


星が瞬きはじめるような時間。
ライトの光が照らし出すグラウンドで、迷う事なく私は差し出された手を握り返した。